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※何があっても許せるよ!だって妄想でしょ?っていう方のみレッツスクロール







ショタジャックと遊星








コッペリアに恋。




「ジャック、ジャック。起きろ。朝だぞ。」

 窓の向こうで雀が可愛らしく鳴いているのか聞こえた。目を瞑っていても明るいのが分かる。遊星が呼んでるし、起きなきゃとは思うけれどまだ眠たい。体を起こしたくないし、瞼も重い。この心地良い空間から動きたくなくて布団に潜り込み、ゆうせぇ、と寝ぼけた声を出すと布団を勢いよく剥がされた。ぶわぁ、と朝の冷たい、でも気持ちの良い風がパジャマの上から体を撫でる。それと同時に重くなっていた意識が、すっと浮上してきた。
 布団の中と外の温度差に、体をぶるっと一度震わせた後、抵抗する気も失せて、ゆっくりと体を起こす。
 ふわぁあと一度大きなあくびをして手を思いっきり上へとあげてのびをすると大分体の寝起き特有のだるさがとれた。そしてまだぼんやりとする意識をはっきりと覚醒しようと目を擦り、前を向くと遊星が先ほどまで自分にかかっていた布団を片手で持って微笑んでいた。

「おはよう、ジャック。もう朝だぞ。」
「……おはよう、ゆうせい。」

 よし、起きれたな。と笑いながら、遊星の手の平が小さいジャックの頭をゆっくりと撫でた。起きれた、というか起こされたんだけどなぁ、とジャックが呟くとそれでもえらいぞ。とさっきよりも強く頭を撫でる。

「ご飯は出来ている。冷めないうちに早く食べるぞ。」

 ふんわりと開けっ放しになっている扉から、パンの焼けた良い匂いがする。遊星が、自分よりも早く起きて朝ご飯を作っていてくれたらしい。よく見るといつもの格好にシンプルな白いエプロンがつけられていた。朝ご飯の良い匂いに、唐突にお腹が減ったのを感じ、うんっ、と元気よく遊星に答える。遊星の作るご飯は美味しい。白身がカリカリになるまで焼いてある目玉焼きとか、フォークを刺すとブシュッと勢いよく肉汁が飛び出すウィンナーとか!わくわくしながら扉へと向かう遊星の後ろへついて行こうとすると、遊星が振り返って、先に行っておくから着替えてから来い。と言いながら扉を閉めた。
 早く食べたいのに、と少し遊星の言葉に不満を募らせてから、ジャックは昨日寝る前に用意しておいた枕元においてある着替えに手を伸ばした。今日は遊星と出かける約束があるから、一番お気に入りの水色のシャツに、白色のパーカーの服を用意した。これを着ると遊星がいっつも嬉しそうな顔をするから、ついついそれを見たくなって着ていたら、いつの間にかこれが自分の1番好きな服になった。
 シャツに袖を通しながら、今日の予定を思い出して、自然に笑みが零れた。今日は遊星と一緒に公園へ行って、遊ぶ約束をしている。いつもお仕事が忙しい、忙しい、と言って遊んでくれないから、遊星と公園へ遊びに行くのは初めてだった。いつもの遊星がお休みの日は家の中でゲームをしたりテレビを見ながら、のんびりと2人きりで過ごすのが常だが、外で遊びたいとずっと言っていたのがようやく聞いてもらえたらしく今日1日だけならいいと言ってくれた。今日はどんなことをしようかなぁと思うだけで、体がかーっと熱くなって、わくわくと心臓がはねる。
 一応、今まででもこういう話は出たのだが、その度に仕事が入ったとか、やっぱり無理になったと言われて何度約束を破られたことか。だから、今日こそ。今日こそ、遊んでもらうんだ。
 早く外に出たいと逸る気持ちを抑えながら、慌ただしく着替えてリビングへの扉を開けると遊星が焼きたてのトーストやサラダがあるテーブルの上に、目玉焼きがのった白いお皿を並べている所だった。
 ゆうせい、なにかてつだうことある?と聞くと、いや、もうない。さぁ、食べようとジャック用の小さな椅子をひきながら、答えられた。
 その椅子に飛びつくように乗ると、テーブルの前には湯気をたてた美味しそうな朝食が並べられていた。朝からジャックが好きなメニューばかりですごく嬉しい。
 笑いながら、いただきます、と手を合わせた後パンをちぎってゆっくりと食べると、やっぱり美味しい。ジャックは向かいに座っている遊星を見上げた。
 遊星はいつもと変わらず、無表情のままご飯を食べている。もぐ、もぐ、ごくん。噛んでは、飲み込む。その繰り返しの単調な動作であったが、そんな姿を見るのでさえも今のジャックには楽しかった。これから、遊星と出かけられるんだ。遊星と、外に!
 わくわくと落ち着かない気分を紛らわすかのように足を振ると遊星にこら、と小さく咎められた。

「ねぇ、ゆうせい!」
「なんだ。」
「あのさ、今日ね、」

 何処に出かけるの、と続くはずの言葉が突如鳴った電話の音でかき消された。
 プルル、プルル、プルル。その無機質な音に嫌な予感がして、ビクッと体が震える。この音は嫌いだ。遊星はいつもこの音が鳴って、話をするといつも何処かに出かけてしまう。約束を破って、今日は無理になったんだ、ごめんな。ジャック。また、今度だ。と言って優しく頭を撫でて何処かに行ってしまう。まさか、今日も?嫌な予感が胸のあたりをもやもやと渦巻いている。違うよね、違うよね、遊星。今日は、俺を一緒に遊ぶんだよね?お出かけ、出来るんだよね?ぎゅ、と痛む胸の辺りを掴む。
 遊星があからさまに嫌な顔をして鳴り始めた携帯電話の画面をしばらく悩むように見つめた後、渋々といった感じで通話ボタンを押した。何だ、今は食事中なんだが。さっきまで喋っていたのとは全く違う、冷たい声だった。ジャックの方をちらりと見た後、遊星は少し早足で向こうの部屋へと消えていく。いつもこうだった。ジャックに話を聞かれたくないのか、遊星は電話が来るとすぐに部屋を変える。そのせいでジャックは一度も電話の内容を聞いたことがない。だけど一つ確かなのはあの電話のせいでいつもいつもジャックと遊星を離ればなれになってしまうことだった。故にジャックは電話に良い印象を持っていない。むしろあの黒色の、電話以外特別な機能を持っていない遊星らしいシンプルな携帯電話を憎んでさえいた。あれさえなければ遊星は俺のところ離れていっちゃうこともないのに。
 しばらくして不機嫌な顔をしながら遊星がリビングへと戻ってきた。あのな、ジャック。電話を元の場所に置いたあと、遊星は困ったようにこちらを向いて笑いながら言った。さっきまでのわくわくとした心がすとんと足下に抜け落ちたように、心は何故か冷え切っていた。この後の言葉はもう分かっている。耳を塞ぎたくなったが、それをしても結局現実が変わることはないのだということも分かっていた。だけど、ほんの少しだけ、いつもとは違うことかも、と思ったがその希望は簡単に砕かれた。

「ごめん、今日、駄目になった。また今度だ。」

 怒りたい気持ちもあったが、やっぱりなぁ、という諦めた心の方が勝っていた。それにいつもはかっこよく上がっている眉がハの字になって、深い青色の瞳を曇らせている遊星を怒る気にもなれなかった。

「…………また、お仕事?」

 本当は大声で泣いて、行かないでよ、遊星!行かないで!今日は俺と一緒に居てよ!約束しただろ!?と叫びたかったが、ぎゅ、と拳を握ってそれを我慢した。しょうがない、しょうがない。だって遊星はお仕事なんだもん。すっごく、大事なお仕事なんだもん。何度もそう心の中で自分に言い聞かせた。

「…………………そうだ。」

 返される言葉が分かっていても、やっぱりじわりと目に涙が浮かんでゆらゆらと視界が揺れる。鼻の奥がつーんとして痛い。駄目だ、ここで泣いたら、遊星が困る。だから、泣いちゃ駄目だ。我が儘を言ってはいけない。テーブルの下でこのぐるぐるとした行き場のない気持ちを込めて爪が食い込むぐらい、ぎゅぅと拳を作る。その痛みのおかげで少しだけ涙がひいた。

「そっか。」

 出来るだけ下を向いて、遊星の顔を見ないようにしながら答えた。誤魔化すようにパンを乱暴ちぎって口へと運んでいく。おかしい。さっきまであんなに美味しかったパンが今ではぱさぱさしていて美味しく感じない。

「ごめん、ジャック。」

 遊星の大きくて温かくて、ジャックの大好きな手の平が頭の上にぽんと優しく乗った。

「ごめん。」

一緒にいてやれなくて。また、今度。絶対、行こうな。

 そういう遊星の声も何だか泣きそうな声に聞こえて、ゆらゆらと未だ濡れている瞳をぐい、と袖で拭った。拭った場所は少しだけ布地が濃くなって白い色を灰色へと変えていった。

「いいよ。ゆうせい。しょうがないよ、おしごと、がんばってね!」

 今出せる精一杯の元気の良い声を上げて、遊星に笑いかけた。声が若干震えてしまっているし、きっと遊星には自分のことなんてもうとっくにばれていると思うがあえて追究もしないだろうと思う。いつもそうだから。
 予想通り今回も、困ったように眉を寄せてじ、とジャックの方を見ている。何か言いたそうに少しだけ口が緩むがそれも一瞬のことで、もういつものポーカーフェイスに戻っていた。
「…ジャックは、良い子、だな。」
 そんなことないよ。遊星。ほんとは言いたい。ここにいて、って。今日はお出かけしようよ!って。全然良い子じゃないよ、ゆうせい。
 胸の奥がつきんと痛んだが、それをあっさりと無視して、ジャックはもう一度遊星に笑いかけた。時間いいの?ちょっと急がないといけないんじゃない?そう言うと遊星は慌てて掛け時計を見て、目の前にあるパンを急いで食べた。










今度は、絶対、出かけような。
 靴を履きながら玄関で先ほど言った遊星の言葉をジャックは頭の中で何度も繰り返していた。今度っていつ?遊星はいつもそうだ。今度、今度、って言って結局今まで一度もおでかけはしたことがない。
 今日こそは大丈夫だと思ったんだけどなぁ、と胸の中のもやもやを出すように子供らしかぬ深いため息をついて、窓を見つめる。窓には嵌め格子が付けられていて、せっかくの澄み切った綺麗な空の青も、しましま模様に見える。
 せめてこの窓にこんなものがついていなかったらまだこの青だって楽しめたのに。いつもこの黒い格子を見るだけで自分が外へ出られないだと思い知らされて嫌な気分になる。

 ジャックは一度も外へ出たことがなかった。いつもいつもこの家にある唯一の窓から外を見つめることしか出来なかった。遊星と暮らす前の記憶はないので、ジャックの世界は遊星とこの部屋だけで構成されている。覚えている最初の記憶は、遊星の腕に抱かれているあの暖かな体温であった。遊星曰く、遊星と暮らし初めて2年が経つらしい(いつもこの部屋にいるせいで時間感覚というのがいまいちよく分からない)が、どうして遊星と暮らしているのか、何で自分は外へ出られないのか、気になることはたくさんあったが、そういう質問をする度に遊星が困ったような顔をするし満足できる返答ももらえないので、そのうち聞くのを止めるようになった。とりあえず、今は遊星がいる。それだけで幸せだった。この自分の疑問が晴れてしまうことで遊星と一緒にいられなくなるのであれば、一生この疑問を胸の中に潜めておく方がよっぽど良い。遊星のいない世界なんてものは考えられないし、それは自分にとって何の価値もない。
 しかし外の世界は気になる。精一杯背伸びをしてサッシに手をつき、縞模様の青の所から外を眺めた。たくさんのビルが並んでおり、人々が歩く地面からは遠く離れている。そういや遊星はここは地上から何十メートル離れているとか言っていたような気がするなぁ、と、大分前に言っていた遊星の言葉を思い出す。しかしそれを知ったところで、この憎らしい黒い格子がある限り外に出るのは無理だし、流石にここから飛び降りたらただでは済まないことぐらい理解していたので特にそれ以上は何も思わなかった。
 ここから見る世界は毎日特に変わることない、退屈な光景であった。ビルが太陽の光を反射し、下の道路には人や様々な色の車が行き交っている。たぶん通る人々は日々変わっているのだろうが、別に意味はない。もう何度も見た退屈な光景であったが、それでもジャックが毎日窓からその光景を眺めるのには理由があった。今日もお目当てのものを見ようと足の裏が攣りそうになるぐらい、必死に伸ばして外を見つめる。すると、やっぱりいつもの場所に彼女はいた。

 ジャックが住んでいる建物の下には、綺麗な花壇がある。その人は、いつも朝の決まった時間に花に水をやりにきていた。雨が降っていようが、風が吹いていようが、毎日、髪の色とお揃いの優しい赤色の如雨露と鋏を持って花壇にやってくる。その時間がいつも遊星が家に居なくてジャックが外を眺める時間とぴったりと一致していたおかげでジャックはこの人を見るのが日課になっていた。このことは遊星には話していない。何でも遊星に話すジャックの、唯一遊星に話していない秘密であった。
 声を掛けてみたいな、なんて思う時もあるが、ここからじゃきっと声は届かないし、なんて声をかけていいかも分からなかった。そもそも遊星としか喋ったことのない自分が一体どんな会話を他人とすべきなのか、そこからもう既に分からない。…なのでもう会話は諦めている。たぶんこの先ここから出ることはないだろうから、時間ならたっぷりあるのだ。問題は彼女がここに来なくなることだが、この前新しい種を植えていたようだし、当分ここに来るだろうと腹をくくっている。来なくなった時は、来なくなった時だし。
 だがせめてちらりと、一瞬でも良いのでこっちを見ないかなぁと毎日期待を込めた視線を送ってはいるが、一度もそれは成功したことがない。こうも毎日遊星とだけ一緒にいるとたまに、おれって実は遊星にしか見えないんじゃ?という自分でも意味の分からない疑念にとりつかれることがある。一度そのことを遊星に話すと、かめらというものを使って自分の姿を映してくれ、そこには金髪で紫色の瞳の自分がいたがやっぱり何処か不安になることがある。だから、ちらっと、ほんとに一瞬でいいからこっちを見てちょっと目が合えば、なんて思ってみるが、まぁきっと今日も無理なんだろうなぁ…と半ば諦めたような視線を如雨露で水をやる女の人へと向けた。
 女の人は朝の光に長くて赤い髪の毛をを反射させながら、優しい手つきで一つ一つの苗に丁寧に水を注いでいく。如雨露から落とされた水は綺麗な曲線を描き、きらきらと小さな虹を作り出していた。それをもっと見ようと、元々ぎりぎりまで力の入っていた足の裏に更に力を込めて格子を掴もうと手を伸ばす。すると、小さな足の指が綺麗に磨かれたフローリングの上をつるりと滑った。しまった、と思ってサッシに手をかけようとするが、手を伸ばそうとしていたので体勢も悪い。手が一度壁にぶつかり大きな音をたてたが、指が宙をかいて、そのままびたんっと堅い床の上へと尻餅をついた。
「………い、た…ぃ……」
 一瞬遅れて尻に鈍い痛みがじんじんときた。そして思いっきり白い壁にぶつけた手も痛む。少しだけその両方の痛みに泣きそうになって、ゆうせぃ…と鼻にかかった声をあげるが、いつもならこういうことがあれば家の何処にいようがとんでくるは遊星も今はいない。必死に力を込めて泣くのをこらえる。力の入らない手足に無理矢理力を込め、よろよろと力無く壁伝いに立ち上がり、もう一度サッシを掴んでピンと背伸びをして花壇の方を見た。

「え?」

 ぐっと息が詰まりそうになった。あの女の人が、あの何度祈ってもこちらを見なかったあの赤い髪の女の人が、こちらをじっと見ていた。こちらからはあまりにも遠すぎて表情が見えないのがとても悔しい。もの凄く驚いているのかもしれないし、もしかしたら笑っていてくれているのかもしれない。心臓がばくばくいっている。鼓動が鳴るのと一緒に心がふわりふわりと躍った。嬉しい。初めて人と目が合った、遊星意外の人が、こっちを見てくれた!
 一瞬もしかしたら自分ではなく違うのを見ているのかも、と思い、首を捻らせて周囲を見てみるが特に何もない。無機質なガラス窓がぽつぽつと太陽を反射しているだけだ。そんなものを見ているともとうてい思えない。
 手でも振ってみようか、とも考えたがそれはやっぱりやめておいた。今日は目が合うだけでも十分嬉しかった。それにここに誰かいるということに気づけば、明日からはまたこっちを見てくれるかもしれない。そんな期待に満ちた考えが頭を過ぎった。
 その女性は1分ほどこちらを見続けていたが、いきなりふいっと目線をもう一度目の前にある花壇の方へと向けた。そして中断していた水やりを始める。そしてそのままさらさらと流れ落ちる水とその水を両手を広げて受ける苗を見ていた。もうその日、女性はジャックの方を見ることはなかった。














(−−−−−−−−びっくり、した。)

 アキは未だどくどくと早く打つ心臓の音を体全体で感じながら、震える手で如雨露を握りなおした。手の平には汗をかいており、プラスチックの持ち手がつるりと手の中で滑る。
 そしてゆっくりと目を閉じて跳ね上がる鼓動を収めようと努力する。しかし先ほどの光景が頭から離れない。
いきなり遙か頭上からどんっと言う音が聞こえた。いつもなら車が行き交い、クラクションの音やエンジン音が喧しく響いているのに、今日の、さっきの瞬間には綺麗に音がやんでおりその音がやけに響いた。一体何の音だろうか。目の前にあるビルに目を走らせた。
 そのビルには特に看板らしい看板もなく、普通なら入り口に立っているようなこのビルの名前を表すようなものもないが、KCのマークがついた車が1台止まっている辺りからこのビルの所有者だけは分かった。しかしよほど重要な人物が使うのだろうか。入り口にはぴったりとサングラスを掛けたがたいのいいたくましい黒スーツ姿の男達が警備している。しかも鍵を通すような穴も暗証番号を押すようなボタンもなく、中央に液晶画面がぽつんと置いてあるだけであった。あの画面に手を当てて認証でもさせるのかしら、と立派なセキュリティに驚きながら、徐々に目線を先ほど音がなった上の方へと向けていった。
 しかし、上の方には何もない。ただ鏡のように外の景色を反射している窓があるだけだ。だが、その中にも例外が一つだけあり、黒い格子が嵌められている部屋が1室だけあった。窓も開いているし、あの音の原因はあそこかと考えるが、特に変わった様子はない。人も居なさそうだし、もうそろそろ首も痛くなってきた。あっさりと興味を失い、視線を花壇へ戻そうと思った瞬間、何かがゆっくりとした動作で格子が嵌められている窓から姿を現した。

(−−−−−−−−−−−−え、)

 ‘それ’を見た瞬間、アキの心臓が跳ね上がった。いや、そんな、まさか。信じられない。そんな、はずがない。体全体は震える。うっかりと手に持っていた如雨露を落としそうになった。
 窓から突如現れたものは、こっちを必死にみている様子だった。ここからでは余りにも遠すぎて表情などは見えないがうっすらと顔立ちだけなら分かる。日にあたったこともないような白い肌、紫の瞳に、金色の髪、この色合いなら知っている。嫌というほど知っている。4年前、忘れもしない、あの戦いの時に一緒に戦ったあの男のものである。しかも顔まで似ているような気がする。まるで彼をそっくりそのまま小さくしたような感じさえした。
 そこまで驚きで固まった頭で考えたが、アキはその先を考えるのを止めた。馬鹿らしい。ただの他人の空似だ。しかも、こんなに遠くからじゃまともに顔さえ見えない。近くで見たら全然違うかもしれない。そう気を取り直して、植物に水をやる作業に戻った。もう余計なことを考えたくなかったので、意識してあの窓を見ないようにした。

そうだ、あり得ない。あり得るはずがない。
 今日の水やりを終え、ゆっくりと花壇を離れながらそう思った。それにそもそもあの窓の子は歳が違う。全然、まるっきり。彼がいたのならば当時19歳であったのだから、今は23歳である。成長することはあっても、若返ることなんてあるはずがない。そうだ、あり得る筈がないんだ。自分に言い聞かせるようにアキは何度も何度も心の中で唱えた。彼がここに居るはずなんてない。



 だって、もうジャック・アトラスはこの世界にはいないのだから。















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