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 見られてる。
 こういったシーンを他の人に見られるということに性的興奮を得るような変態思考の持ち主では決してないので、この状況は十代にとって大変苦しいものだった。
 こちらをじっと見つめる相手は、こっちの心の中もおかまいなしで見続けている。

苦しい。すっごく苦しい。

 視線をチクチクと感じながら、目の前で目を閉じ、微かに震えている万丈目を見た。
 睫毛が思っていたよりずっと長いんだなぁとか震えてるとかすっごく可愛いとか思ってることはたくさんある。そして何よりこのままその可愛らしい唇にキスしたい。しかしこの状況がそれを許してくれそうもなかった。このまま第三者に見られている状況で、恋人と初めてのキスを出来る程十代の神経は図太くはない。
 背中に嫌な汗をかきながら、少しの期待を込めてもう一度万丈目の後ろ側を見つめる。しかし、それは未だこちらを見続けていた。
(ああ〜……もう勘弁してくれよぉ…………)
 もの凄く泣きたい。もうどうすればいいのか分からない。この状況を万丈目に伝えようかと一瞬思いかけたが、そうなるとたぶんこのままキスは出来ない。それは嫌だ。折角あの鈍感な恋人をここまでのムードに持ち込んだのだ。今できなければいつこんな状況になれるか分かったもんではない。

 目の前でぶんぶんと手を振ってみたが相手は微動だにしない。
 ベンチに広げてあったカードがが突如光ったかと思えば、くりくりぃ〜と可愛らしい鳴き声と共にハネクリボー出てきた。見続けている相手と十代を交互に見て困ったように大きな瞳をパチパチと瞬きする。
 そんなハネクリボーの様子を見ながら、重苦しいため息をついた。

なぁ万丈目。お前本当に大事にされてるんだな。じゃないとこんなこと起きないぜ。

 十代はもう一度、目の前にじっと佇む光と闇の龍を見た。






お嫁に下さいっ!






 相棒、これは俺の試練なんだ。これを乗り越えて俺は初めて万丈目の恋人として認められるんだ。そう、これは俺への愛の試練なんだぜ!ごめんな、相棒。ありがと!
 そう心の中で呟き笑いかけると、カードが返事をするかのようにぼんやりと光った。そんなハネクリボーの心遣いに感謝しながら、十代は頭の中で昨日見たドラマのワンシーンを思い出していた。
 娘さんを僕に下さい!と土下座する男とその目の前に立つ娘の父親。いかにも厳格そうなその父親はならんっ!と強く言ってテーブルに並べてある豪華な食事を乱暴に手で払った−−−−−−…っていう、昔ながらのシーンだった。
 そのときは古くせーなんて笑いながらすぐさまチャンネルを変えてしまったが、今になってそれを後悔していた。あー…あの後、あの男がどうやってあの父親から許可をもらったのか見ておくべきだったぜ、と心の底からそう思った。
 …今、正にそのドラマのワンシーンが繰り広げられている。
 結婚を承諾してもらいたい男は勿論自分で、その娘は万丈目。そして厳格そうな父親は目の前にいる光と闇の龍である。
 だけどあの父親の方がまだましかぁ…と少しだけ思った。少なくともあの父親は何かしらのアクションを男にしてきていたが、こっちはただ見続けているだけだった。表情一つ変えず(そもそも龍に表情っていうものがあるのか分からないけど)、じっとただひたすら見つめられる。グルル、とでもキシャァアアッとかでも鳴いてくれればいいのに、と思う。無言っていうことがこんなにもすごい力を持っていることを今日初めて知った。こんな状況下で知りたくもなかったけど。
 光と闇の龍と愛想笑いを浮かべて見つめ合いながら、そろそろと万丈目の肩に手をかけるとびくりと体が震える。いつも彼が身に纏う目に痛いほどの青色は、今は夕日に照らされて落ち着いた色彩になっていた。
 そろそろと夕日と光と闇の龍をバックに顔を近づける。何となくそれを察してか万丈目の瞼が震えた。片方の手を夕日に照らされ赤く色づいた頬に当てると一際大きく震える。十代にとっては夢にまで見た恋人との初めてのキスだった。初めての時はやっぱ夕日にバックがいいぜ!なんて結構自分には合わないロマンチックなことを思っていたが、その背景については自分の理想通りと言ってもいいかもしれない。光と闇の龍が居なければの話だが。

 万丈目の唇まであと数センチ。薄目を開けて光と闇の龍の様子を窺うと、あのキラキラとした瞳で未だこちらを見ている。しかしその瞳は何処か少し悲しげであるように十代には見えた。
 頭の中がごちゃごちゃしてきた。万丈目と今すぐキスしたいと言う気持ちと、第三者にそれを見られているこの状況、そしてどうせならば光と闇の龍に許可を取って正々堂々とキスしたいという気持ちがごっちゃごちゃになって頭の中を駆け回る。
 前に少しだけ万丈目に聞いた話を混乱しきった頭で思い出す。小さい頃から一緒に居て、家庭の事情で両親や兄たちには構ってもらえなかったが光と闇の龍がいたから寂しくなかった、と小さく笑いながらそっとカードを撫でる万丈目の姿が鮮烈に頭に浮かんできた。あの時の表情はすごく綺麗で、よっぽどこの精霊が万丈目にとって大事なものなんだと知った瞬間だった。小さい頃、トロフィーを持ちながら何もない空間に向かって笑う万丈目の写真が雑誌に掲載されていたことがあった。あれも今思えば光と闇の龍に向かって微笑んでいたものだと分かる。

 きっと光と闇の龍にとって万丈目は子供みたいなもんなんだろうな、と何となくそう思った。ずっと自分なんかよりも一緒に居て、つらいときも悲しいときも嬉しいときも隣にいて、だけどそれをそこら辺からきた男にかっさらわれていく。それっってすんげぇ悲しいことなんだろうな。自分がずっっと見守ってきた子が自分の手を離れちゃう、っていうかなんていうか。昔マンションに引っ越すからという理由で飼っていた犬を友達に譲ったことがあるが、あの悲しみは相当なものだった。あれと犬と人間という違いはあれど同じような気持ちを、今、目の前にある龍は思っているんだろうと思うと胸の辺りが、ぎしりと重くなる。
 光と闇の龍は何かを諦めたように、ふい、とこちらから顔をそらした。その様子にずきずきと胸が痛み、先ほどとは違った意味で息苦しく感じる。
 目の前には先ほどからずっと目を瞑って、待ってくれている万丈目。据え膳食わぬは男の恥というフレーズがさっと頭を過ぎるが、そんな煩悩だらけの言い訳よりも今は胸の痛みの方が激しい。



「ぁあああああ〜〜〜〜〜〜っ!!くそっ!」



 ごめん、万丈目!と叫びながら肩と頬にあてていた手を離した。
 え、と小さく呟いてきょとんとしている恋人の姿を見ると心が痛む。ぁああっ!ほんとにごめん!でもやっぱこれはちょっと承諾と得ずに無理矢理っていうのはアンフェアだもんなぁっ!と心の中で精一杯の言い訳をして、ベンチから立つと両手を地面に着いた。小石が手の平に刺さって痛いが、そんなこと構ってはいられなかった。

「光と闇の龍!」

 そう地面に向かって叫ぶと、万丈目はようやく自分の後ろに龍がいたことに気づき、ぇえっ!?と声を上げた。おっ、お前いつからそこにいたんだ!?と彼らしくなく焦る声が聞こえてくる。
 しかしそれにも構うことなく十代はベンチに座ったままの万丈目の目の前で土下座をした。
 ぇ、おま、ええっ!?と驚きすぎて文章にならない言葉が万丈目の口から零れていく。一体どうしたんだ、気分でも悪いのか、という己を気遣う万丈目の声に、後で話す、後で話すから今はごめん!と心の中で呟いた。
 ごくりと唾を飲み込む音さえ、この静かな夕暮れの空間に響くような気がして少しだけ落ち着かない。意を決して深く息を吸い込み、今感じているありったけの思いを込めて叫んだ。





「娘さんを俺に下さいっ!」













あきゅろす。
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