甘い蜜
お花見気分
「秀一に莉麻ぁ、こっちだよこっちー!」
うるせーな、んなでけぇ声出すんじゃねぇよ。嫌でも聞こえてるっての。
前方に俺たちに向かって、ちぎれんじゃねーかってくらい思いっ切り腕を振る男の姿が見える。そんなに存在感アピールしないで欲しい、はっきり言って視界に入れたくない。急かす男を無視してとぼとぼとゆっくり歩いた。
「綺麗だね、桜」
「ん」
隣には周りを見渡しながら素晴らしい景色に喜んでいる我が儘女、間違えた自己中女。いや両方だ。こいつも前方の男を完全無視して桜に夢中だ。
満面の笑みで言ってくる莉麻はすごくご機嫌な様子。そりゃあ満足してくれなきゃ困る。誰のためにわざわざこんな事をしたのか、ったく振り回されるこっちの身にもなってみろ。超うぜぇ。
俺たちは今立派に咲いた桜が並ぶ広い公園に来ている。確かに満開の桜はとても綺麗で桜吹雪も見事なものだと思う。うん、思うんだけど…隣の奴をどうにかしてくれ。面倒だと思いながらも目を向けるとその落ちてくる花びらを掴もうと必死でジャンプしている。…静かにしてくんねぇかな。
けど、そんな俺の願いも届かず、しまいには取った花びらを口に付け息を吹きかけている。これって突っ込めってことか?
「…何してんだよ」
「ぶー、あれ?おかしいな」
あぁお前の頭がな。マジで謎、何がしたいのかさっぱり分からね。それでもまだ続けている莉麻に眉間にしわが寄る。
「笛になるはずなの、でも鳴らない」
「…はぁ」
くだらねぇ、何かと思ったらそんな事かよ。やっぱ突っ込まなけりゃ良かった、と思ったとこにちょうど目の前に花びらが落ちてきた。無意識にそれを取るとこんなんで吹けんのか、と疑問に思いながら莉麻がしていたのを真似してみた。吹くと小さくピーッという音がする。ふーん、確かに笛みたいだけど何かしょぼい。
「こんな感じ?」
「ちっ、うざ」
あ?吹いてやったのに何で舌打ちされなきゃいけねーんだよ。どうしてこいつは素直に喜ぶっていうことが出来ないんだろうか。
「ちょい、呼んだのにシカトはやめて」
「隼人(はやと)。笛吹いて」
「え、は?何いきなり」
俺たちが全然行かないからか、視界に入れたくない奴が走って現れた。こいつが来た瞬間不機嫌になった俺に対し莉麻の顔はぱっと明るくなり隼人の服の裾を引っ張っている。すんげぇむかつく、隼人、挨拶に一発殴ってやろうか。
「秀一の顔が恐いんだけど、ちょっと莉麻何だよ」
「早く吹けよ」
「一発で逝かせてやる」
「いやまだ死にたくねぇし!」
今すぐ莉麻から離れろや、じゃねーとマジで地獄逝きになんぞ、てか逝け。ぎゅと握った拳を振り切ろうとしたら隼人が莉麻を盾にして隠れやがった。きょとんとした莉麻は俺を見上げると一瞬眉を顰め後ろにいる隼人に振り返る。…あ?何すんだと思ったら隼人の腹目掛けて手を振り上げていた。
おぉ、お見事。
「ぐっ、莉麻にやられるとは思わなかった」
「ふんっ、私を犠牲にしようとするからだ」
莉麻が隼人に一発殴ったことで俺の苛立ちは一気に消えた。清々した気分、ついでにもう帰ってくんねぇかな。てかそもそもこいつがここに居る意味が分かんねぇ。
「隼人、何でいんの?」
「は?おい、誰が場所取りしてやっと思ってんだよ」
「お前だろ?」
「分かってんじゃん、ってだったら理由も分かんだろ!」
あ?さっぱり分かんねーし。俺はただ花見の場所取りをしろって言っただけだし。
さっきっても約2時間前、急にこの我が儘かつ自己中女が桜が咲く有名な公園で花見をしたいと言い出した。花見すんのは嫌な方じゃない、むしろ好きな方だ。じゃあ何でこんなに嫌そうなのかと聞かれたら問題はそのお花見をいつやるか。答え、今すぐ。
喧嘩売ってるだろ、こいつ。しかも、レジャーシート敷いて酒飲みながら花見したいって、何でもっと早く言わないんだ。只でさえ人が多くて桜を見るのも大変だというのに。だけど相手は莉麻だ。やりたいと言ったら必ずやらせる莉麻だ。結局花見をするしかない俺はまずは場所取りと思って、役に立ちそうな隼人に電話した。
『はい、もしもし』
『花見の場所取りしといて』
『は?何、秀一?え、何だって?』
『あ?一回で聞き取れよ、このカス』
耳くそたまってんじゃねーの?きったねぇな。ちゃんと掃除しろよ。
『あぁ、花見の場所取りだっけ?いきなりだな。で、いつ?』
『今』
『…いつ?』
『今』
『……』
って言っただけだ。ここに居ろだなんて一言も言ってない。
「帰れよ」
「ひでぇな!」
そう言ってる間に隼人が場所取りをした所に着いたようで、莉麻は靴を脱いでレジャーシートの上に座った。意外といい所を選んだみたいで真上には満開の桜が見える。へぇ、たまには役に立つこともあるんだな。
「早く秀くんも座りなよ。下からの眺めも凄く綺麗だよ」
「ん」
靴を脱ぎ莉麻の隣に腰かける。やっぱ花見はいいな、これで酒を飲んだらさらに気分もいいだろう。さて、何か飲み物でもないかと見渡すが、レジャーシートの上には飲み物はおろか何一つない。は?まさかとは思うが…
「隼人、酒は?」
「はい?酒?買ってないよ」
「えー!ないの?私酒飲みながら花見したいって言ったじゃん」
我が儘自己中女がご立腹だ。
そこまで気が回らないとはやはり使えない男だったか。ご立腹の女王様はバシバシと隼人を叩いている。
「いたっ、痛いよ莉麻」
「おい隼人。いいから酒買ってこい」
「えー、またパシり?」
「買ってきたらお前も一緒に花見させてやるから」
嫌そうな顔をしていた隼人だが、どうやら一緒に花見はしたいようで「やったー!じゃあ行ってくるね」と喜んで買いに行った。
うるさい奴もいなくなり、真上の桜を見上げる。この満開もあと数日もすれば散っていくのだろう。なんか寂しい気持ちを感じながら暖かく心地よい風を浴びる。
ぼーっとしながら胡座をかいて座る俺の肩に、ぽすっと何かが乗っかった。見れば、目を閉じた莉麻が頭を俺に預けている。
まったく、いつもこの様に可愛いくしていればいいのに。ゆっくりとその頭を撫でると俺を見上げ小さく微笑む。その笑顔は堪らなくいとおしい。
ここからコンビニは割りと遠いから隼人が帰ってくるのにはまだ時間が掛かるはず。 きっと戻って酒を飲み始めれば隼人も莉麻も騒ぎまくって煩くなるだろう。
だからそれまでは、
この穏やかで心地よい僅かな時間を二人っきりで過ごそう。
「秀一、莉麻!さぁ酒飲むぞ!」
「ちっ。お前帰ってくんの早すぎ」
「?」
―fin
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