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甘い蜜
馬鹿は嫌?


「ねぇ千奈(ちな)、どうして秀くんって馬鹿なんだと思う?」
「お前一発殴られてぇか」
「仕方ないんじゃん?そーゆう性質だから」

 えー、でもいくら生まれ持ったものだからってここまで馬鹿なのは異常だと思う。ソファに座り隣でコーヒーを飲む秀くんをちらっと見ながら目の前にいる千奈に聞いた。
 今朝突然秀くんの家にやって来た千奈は小さな紙袋を手に持って中にずかずかと入って来た。その紙袋の中身は何とかっていう雑誌に載った何とかっていうお店のクッキーらしく千奈は興奮気味に話していた、と思う。食べれれば何でもいいんだけど、なんて口が裂けても言える状況じゃなかったのだけは覚えてるから。

 その有名なクッキーを食べながら今、千奈と世間話をしている最中。千奈のその可愛らしいお店の話を半ば強引に終わらせすぐに私の話へと切り替えた。

「何で今更、馬鹿が嫌なの?」
「んー、いや」

 また馬鹿な事したのか、と両手にクッキーとコーヒーを持つ秀くんを憐れみの目で見てる。その目がうざったかったらしく秀くんの口から舌打ちが連発で出た。
 千奈は私と秀くんの幼なじみで幼稚園からの付き合い、学校もずっと一緒。お互いの事なんて知りすぎてるから何を今更って感じなんだろうけど。一緒に生活すれば分かるよ、千奈も。この大アホ男がとてつもなく可哀想な馬鹿だっていうことが。

「千奈も殴られてぇんだな」

 クッキーを頬張りながら睨んだって恐くもなんともないし。そんな姿を見てまた大袈裟にため息をついた。あーあ、馬鹿でももう少し常識のある馬鹿が良かったな。
 テーブルに目を向けるとさっきまで山になっていたクッキーが残り少なくなっている。げ、全部食べられる前に私も食べなきゃ。お皿へと伸びていた秀くんの手を叩いてから一枚取って口に運んだ。ん、美味い。あー千奈の話ちゃんと聞けばよかったかも。きっともっと美味いお菓子の話とか出てきたんだろうな。

「何があったの?」
「聞いてくれる?」
「聞いて欲しいんでしょ」
「うん」

 さすが、私の幼なじみだね。私の事をちゃんと理解してる。

「昨日さ、秀くんとレポートやってたのね」
「うん」
「でさ、秀くん手にコーヒー持ってたのね」
「あー、もう分かった。馬鹿だね秀」
「でしょー!」

 あのレポート大事なやつだったのに、この馬鹿男がコーヒーこぼしやがって。お陰で真っ白な紙が茶色くなっておまけに香り付きでもう散々だったし。あー、思い出したらまた腹が立ってきた。蹴ってやる。

「ってーな、てかあれは莉麻が悪い」
「あ?ふざけんな」
「莉麻、取り敢えず秀の言い分も聞いたら?」

 お腹をさすりながら体勢を直して偉そうに言ってくる。人のせいにするなんてサイテー。そう千奈が言うから仕方なく秀くんの言い訳を聞いてやろうと思い黙った。

「あれは莉麻がカップ持ってる腕を叩いたからこぼれたんだ」
「はい?それは秀くんがむかつく事言ったからでしょ」
「その前にお前がうぜぇ事ほざいただろ」
「それは秀くんが腹立つ…」
「うるさい黙れ」

 言い合いをしてると呆れた顔をした千奈が仲裁に入った。うるさいのは秀くんだし、あーうざい。やっぱり言い訳なんか聞くんじゃなかった、いらいらのボルテージが急上昇したじゃん。

「でもその後俺レポートやってあげたじゃねーか」
「だから?」
「感謝しろよ」
「何で感謝しなくちゃいけないの?それ当たり前の事だし」

 秀くんが汚したんだからその責任を取るのが普通なんだよ、なのに上から目線でその礼を言えだなんてふざけてる。

「なぁ千奈、俺って可哀想な奴じゃね?」
「うん、ある意味」

 なんだ自分でも分かってんじゃん、自分が可哀想なくらい馬鹿だってこと。私も頷くと何故か拗ね始めた秀くんがぷいっと私から顔を背ける。

「……」
「……」
「…ふっ」

 その姿が何だか可愛くてふっと笑いを零してしまった。しかも機嫌悪そうな顔してちゃっかりクッキー食べてるし。私の小さな笑い声が聞こえたらしく秀くんの頬はさらに膨れた。

 あー、やばい。さっきまでの苛立ちが一気に吹っ飛んでしまったようで顔のにやけが止まらない。もう、可愛いな秀くんってば。抑えきれなくてがばっと秀くんに抱きついた。

「…んだよ」
「ふふ、別にぃ」

 さらにぎゅっと抱き締めると秀くんもため息をついた後膨れっ面を直して私の背中に腕を回した。

「あー、お前ら結局最後は甘あまかよ。うざいわ。何なの?さっきまでの喧嘩は」
「うるせー黙れ帰れ」
「ばいばーい、千奈」
「…ちっ。死ね」

 舌打ちをした千奈の顔は心底うざったそうな顔をしていたけれど、まぁ気にしない。殺されそうになったら秀くんを差し出そう。帰り支度をし始めた千奈は本当に帰るみたいで上着を着ている。

「ねぇ千奈」
「はぁ、今度は何?」
「さっきの質問だけど、私別に馬鹿が嫌いな訳じゃないよ」

 ちらっと抱きついた男に視線を向けて言うと、千奈はふっと微笑んでその腕の中にいる私の頭を撫でた。なんかくすぐったいな、秀くんとは違う細い手で優しく撫でられるのも気持ちいい。

 じゃあまた来る、と言って笑顔で出て行った千奈を玄関まで送ると後ろから腕が伸びてきた。その腕に導かれるようにぽすっと秀くんの胸に体重を掛けると一層抱き締める力が強まる。

 あぁやっぱり私馬鹿な奴って嫌いじゃないや。馬鹿でアホですんごいむかつくけど、
 それでも、なんか落ち着く、そんな人が好きなのかも。


 だから秀くんはずっと馬鹿なままでいいや。





─fin

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