甘い蜜
女王様の3分クッキング
「んー?オムレツってどうやって作んの?」
右手にフライパン左手に卵を持って交互に見やりながら考える。おかしいな、小学生の時に作ったはずなんだけど。まぁ分からないものは仕方ない。取り敢えず卵を割らないと。
右手に持っていたフライパンをコンロの上に置いてから卵をぱかっと割ってその中に落とした。…あ、油入れんの忘れた。思い出してコンロの下の棚から油を取り、同じ様にフライパンの中に落とした。
次は火をつけて焼かないと。はい、着火。火を点けるとジューッという音がキッチンに響き、早くも卵の白身が白く固まってきた。この後どうするんだろう。オムレツだからとりあえずかき混ぜよう。
「おい莉麻、お前火事でも起こす気だろ」
箸で卵を混ぜ、さてこの後はどうしようかと頭をひねらせていると横から大あほ男こと、秀くんが現れた。焦げ茶色の髪を掻き上げながら呆れ顔という非常にきもい顔をしてる。あーあ、普通にしてればいい顔してんのに、もったいない。
私が残念な気持ちでため息をつくと呆れ顔が鬱陶しい怒り顔に変わった。眉を顰めた秀くんが一層睨みながら私を見てくる。
「今すぐキッチンから立ち去れ」
「何その言い方、別にいーじゃん」
「俺死ぬのは自然死って決めてんだ」
あっそ、そんな事私には関係ないし。秀くんこそ今すぐキッチンから立ち去ってよ、料理の邪魔。
「焼死なんて一番嫌だ」
うるさいな、静かにしててよ。今必死に頭を使って料理を作ってる最中なんだから。顎に添えていた手を秀くんの背中目掛けて思いっ切り振り落とした。ばしっという見事な音の後に秀くんの呻き声が聞こえる。
「ってーな。壊死も嫌だ」
「うるさい」
何で死ぬ時の話になったのかさっぱり分からない。ほんと秀くんって直しようのない馬鹿だよね、かわいそ。
「と言うわけで火遊びは外でして下さい」
「火遊びじゃないし」
「じゃあ火を消せ」
「消したら料理できないじゃん」
オムレツなんだから焼かないと。私がキッと睨みながら言うと秀くんはぽかーんとした顔で目と口をあんぐり開けている。
うわ、間抜け顔だっさ。さっきっから色んな表情をしてるけど疲れないのかな。まぁ見てるこっちは楽しいけど。てか何でそんな顔になっちゃったのさ、私変なこと言った?
「りょ、料理…?」
「うん、そう言ったじゃん」
「…ありえねー」
「は?」
秀くんの言ってる意味がわからなくて首を傾げる。何言ってるんだろう、この人。脳みそちゃんと機能してんのかな。秀くんの目は私とその奥にあるフライパンへと向いている。あ?何?
「どう見ても放火してるようにしか見えねぇ」
「そんなに焼死がいいか」
「やめろ。冗談に聞こえねぇ」
冗談じゃないもん。今本気でやろうと思ったし。もう秀くん最悪。どう見たって女の子が可愛らしく手料理作ってるようにしか見えないじゃん。やっぱ目の神経いかれちゃってるよ。
「で、何作ってたわけ?」
「見りゃぁわかんでしょ、オムレツ」
「…へぇ。立派なスクランブルエッグだ」
いちいちむかつく事言わないでくれる?これはまだ作り途中なんだから。…でも、もうスクランブルエッグでいっか。この状態からどう作ればいいのかさっぱり分からない。
「んじゃスクランブルエッグでいいよ」
「あ?でいいよ、の意味が分からねーし」
フライパンにくっついたボロボロの卵を箸でかき集め、食器棚から出したお皿の上にのせた。それだけじゃ流石に質素だと思って冷蔵庫に入っていたミニトマトを3個飾った。ん、完成。
「はい、どうぞ」
「は?何」
「何、って手料理」
「…今度は毒死か」
いつも食事をするテーブルの上に今作った料理を置き、その前に秀くんを座らせた。誰のために作ってあげたと思ってんのさ。なのに減らず口叩いて本当に毒入れてやろうか。
「何で俺に食わすんだよ、自分で食え」
「秀くん、うざい」
「これ食えんのか?」
「秀くん、うざい」
「はぁ、俺まだやり残したこと沢山あんだけど」
黙って食うってことが出来ないんだろうか。何で死ぬこと前提なんだろう、ただの卵じゃん。しかも私が食べたら意味ないし。
「そもそも何で料理を作ろうとしたんだよ、お前苦手じゃん」
「秀くんってもう認知症?」
「馬鹿か」
「馬鹿は秀くんです」
やっぱり忘れてんだ、まぁ作っててやめろって言われた時点で覚えてないんだって思ったけど。少しだけ期待してたのに。
「昨日の事なのに」
「昨日…?俺なんか言った?」
「はぁ、別に」
「言えよ。思い出せねぇ」
えらっそうに、ただでさえこっちは苛立ってんのにこれ以上頭に血を上らせないで欲しい。…はぁ仕方ない、脳みそのない秀くんに教えてあげるか。
「昨日秀くんテレビ見てたでしょ」
「見てたね」
「その時、手料理できる女っていいよなって言ってたじゃん」
料理番組を見ながら秀くんはそう小さく呟いた。私に向けて言ったわけでなく独り言っぽかったけど確かに聞こえた。
「あー、言った。でもお前に料理しろなんて一言も言ってねぇよ」
「なんか腹立つ」
「別に料理してほしくてお前といるわけじゃねぇし」
それは分かってるけど女なんだし料理くらい出来るようになりたいじゃん。それが乙女心って言うんでしょ。
あーあ、少しでも期待した私が馬鹿だったな。まぁ秀くんほどではないけど。
「もういーよ、自分で食べる」
「…あ」
秀くんの向かいに座ってお皿を自分の方に引き寄せた。見た目は残念な形になってるけど味はただの卵だし。でももし微妙だったらトマトと一緒に食べれば何とかいけそう。
「って、何すんの」
「…俺が食う」
私が食べようとした時秀くんの手が伸びてきてお皿を奪われた。はっ、自分で食えって言ったの秀くんじゃん。言ってることとやってることが違いますけど?
でも、何だかんだ言いつつも食べようとしてる秀くんを見て無意識にも口角が上がってきた。怪訝そうな顔をしつつもちゃんと食べてくれてる。
「嬉しい?私の手料理」
「いや、これ手料理って言うか?ただ卵割ってかき混ぜただけじゃねぇか」
「それでも作ったし」
「はいはい」
素直に喜べよ。全く素直じゃないよね、秀くんって。嬉しいならそう言えばいいのにさ。
あ、でも。ボロボロの卵をトマトと一緒に食べてるのはとっても素直だと思うよ。
─fin
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