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甘い蜜
我が家に新人がやってきた


―ピンポーンピンポーン
「……あ?」

 つい5分前に起きたばかりで今はお気に入りのソファに座り、優雅にコーヒーを飲んでいる。部屋から見える空は雲一つなく快晴。今日も平和だな、と思い耽っていたところに至福の時間を邪魔する音が鳴った。

 うるせぇ。部屋に鳴り響くチャイムに両耳を抑えた。何回鳴らせば気が済むんだよ。ちっ、だいたい誰かは分かってるけど。つーか合い鍵持ってんだろうが。…忘れたのか?

 ため息を大きくついてから重い腰を上げて玄関に向かった。その間も鳴り続ける音に腹が立ってくる。すげー近所迷惑だ。

「はいはい」

 鍵を外しドアを開けると、思った通りあいつが…

「……は?」

 違う。確かにあいつは茶髪だけど、こんな全身毛だらけじゃない。
 あーやべぇ。俺まだ寝ぼけてんのかも。うん、だな。取り敢えず頭冷やそう。そう思いドアを閉めようとした時、毛だらけの後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

「私、くま子。私を拾って、秀くん」
「……」

 はぁ。朝から疲れる。なんでこいつのお遊びに俺が付き合わなくちゃいけねぇんだ。俺、なんか悪い事したかな。

「あー、つまんない。少しはのってくれてもいいじゃん」

 俺の態度が気にくわなかったらしく、毛だらけの後ろから見知った顔が現れた。その顔はぷくっと頬を膨らませて俺を睨んでる。睨むだけならまだいいが、こいつの場合手が出るからたちが悪い。
 玄関先で揉めるのは非常に嫌だから仕方なく部屋に入れた。お邪魔します、とにっこり笑うこいつに心の中でため息をつく。


「んで、それは何なんだよ」

 リビングに戻り、まだ余っていたコーヒーを飲みながら未だに毛だらけのでかい物を抱えている莉麻に聞いた。

「くま子」
「…へぇ」
「友達がね、このぬいぐるみ当たったんだけど大きすぎるからいらないんだって。だから貰った」

 要はゴミを引き取ったんだな。しっかしすげぇでかいぬいぐるみだな、おい。莉麻と同じくらいの大きさだ。茶色い毛にくりっくりの黒い目、首には赤いリボン。テディベアっていう可愛らしい名前からは想像できない迫力の持ち主だ。

 これだけでかい物をここまで運んできた莉麻がすごいと思う。運ぼうと思っただけでもすげぇのに、って……ん?

「てか何でこれ持ってきた?」

 こんなでけぇんだからお前んちに置いときゃいいじゃねぇか。お前が貰ったんだし。見せたかっただけなら俺が見に行ってやったのに。

「あぁだって秀くんのお家の方が広いから」
「あ?」
「最初に言ったじゃん。私を拾ってって」

 意味が分かんねぇんだけど。何、見せたかっただけじゃねぇってことか。眉を顰める俺に対して莉麻はご機嫌な様子でくま子に話しかけている。

「くま子、今日からここが新しいハウスだよ。良かったね」
「は?待て待て」

 今の言葉でやっと莉麻の言うことを理解したが、勘弁してくれ。俺はこんな物を飼う気はねぇぞ。邪魔になるだけだ。

「リサイクルに出せ」
「燃えるゴミじゃなくて?」

 お前の方がひでぇ奴だな。まぁどちらにせよくま子をうちに置くなんてまっぴらごめんだ。生活に支障を来す。

「でもまだくま子は死にたくないって」

 ほらねって言われてもぬいぐるみが何て言ってるかなんて知るかよ。コーヒーを飲んで空になったカップに、俺は近くにあったポットから注ぎ足した。やだよね、って言いながらくま子と会話する莉麻に眉間にしわが寄ってるのが自分でも分かる。

「とにかく引き取ってよ。私この子気に入ったの。お願い、秀くん」

 だったらお前の家に置け、と言おうと伏せていた目を上げるとうるうると目を潤し懇願している莉麻が視界に入った。俺がそんなんで折れるわけ…

「……」
「ねぇ秀くん、お願い」
「……」
「秀くん」
「……」
「ねぇ、お願い」
「……はぁ。分かったよ」

 これが惚れた弱みってやつ?あー、俺ってあまいな。仕方ない、莉麻がここまでお願いしてんだ。このくま子っつーやつを飼ってやるか。

「ありがとう、秀くん」
「ん、どういたしまして」
「ふぅ、良かった。くま子場所とるから邪魔だったんだよね」
「……」

 にっと笑いながら言う莉麻にぎゅっと握った拳が震えた。…こいつ、心底最低な奴だ。俺の気持ちを踏みにじりやがって。

 はぁ、莉麻の策略にまんまとはまってしまった。忘れてた。こいつって自分の利益になることにしか動かないんだった。莉麻の脳みそ、いかれてんな。

 ちっ、忘れてた自分に腹が立つ。さらに1匹ペットが増えたじゃねーか。最悪だ。
 それでも、莉麻から受け取ったくま子の毛を触りながら抱きかかえる俺も相当頭いかれてんのかもしれない。

 まぁとにかく。
 
 これからよろしく、新人。



─fin

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あきゅろす。
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