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甘い蜜
バイトしてたんだ


 今日は大学の講義が休講になった。でも午後からバイトがみっちり入っている。家からチャリで15分くらいの、さほど遠くはないところにあるバイト先は始めてからもう2年が経つ。

 俺が高校2年生の終わりの時に、大学から一人暮らしをするために金集めとして始めたのがきっかけだが、一人暮らしを始めてからも続けている。前住んでた家の最寄り駅付近にある喫茶店だ。
 まぁ前と比べると少し遠いがそれでもチャリで行ける範囲だし、何より時給がなかなかいい。雰囲気も馴染みやすいため俺にとっては最高条件だったわけ。

 て、感じで始めたバイトだけど、今は家賃や光熱費を払う理由でめっちゃシフトを入れている。
 多少は親からの仕送りがあるため俺一人だったら余裕があるけど、何て言ったって家ではでっかいペットを飼っている。こいつのせいで水道代とか倍になんだよなぁ。ったく、半分払えよな。あー今度言おう、あいつの両親に。

「そろそろ支度しねーとやべぇか」

 テレビを見て座っていたソファから立ち上がりスウェットを脱ぐ。
 今日はちょっと寒いからなぁ…あったかめの服を着るか。クローゼットから適当に服を取り出し着ていると、寝室から起きたばかりのでっかいペットが出て来た。

 髪を所々ぴょんと跳ねらせ寝ぼけた様子で目を擦りながら俺に近付いてくる。

「お前、んな格好で風邪引くぞ」

 俺の少し大きめなTシャツだけ身に付けている莉麻。どうせ、近くにあったからそれを着ているだけなんだろうけど。今日はさみぃんだからそんな薄着だと風邪を引きたいです、と言ってるようなもんだ。

「うん。あれ?秀くん、今日大学休みだよ」

 返事をしたものの俺の言うことを全く聞く気はないようで、そのままの格好でソファに座りやがった。ちっ、可愛くねーな。

「もしかして間違っちゃった?」
「ちげーよ。休みぐらい分かってる」
「あ、そう。じゃあ何?出掛けんだ」
「うん、バイト」

 こいつの事はもうどーでもいい。勝手に風邪引いとけ。完全に暖かい格好に着替え終わった俺は、さっき食べていた食器を流し台まで持っていった。早くしねぇと。

 ふと黙り込んだ莉麻に不思議に思って目を向けると、目をこれでもか、ってくらい大きく見開いて固まっていた。

「…は?」

 挙げ句頭までいかれたらしい。あ、これはもとからか。

「何?」
「だから、は?」
「…お前喧嘩売ってんだろ」

 意味分かんねーし。言葉を促してやったんだからちゃんと答えろや。

「え、秀くんバイトしてたの?」
「……は?」

 その言葉に今度は俺が目を見開く番だ。え、何言ってんのお前。思わず持っていた食器が落ちそうになった。あ、あぶねっ。こいつが変な事言うからだ。

「だからバイトしてたのって」
「だから、は?」

 え、こいつマジで言ってんのか?
 莉麻の顔を見る限り冗談ではないっぽい。げっ、最悪。

「初めて知った。秀くんバイトしてたんだー」
「俺もう2年経つんだけど、本当に知らねぇの?」
「知らなーい」

 はっ、2年もやってて気付かねぇなんて。こいつ、バカじゃね?

「あ?てか、私に内緒なんていい度胸してんじゃん」
「お前こそ俺がバイトしてんの知らねぇなんていい度胸じゃねぇか」
「うわ、逆切れだ。うざっ」
「黙れ」

 俺バイト始めたばっかの時に言ったはずだけど。うろ覚えだが記憶にはある。てかそれより支度しねぇと。
 食器を水に浸け、洗面所に足を向けた。

「ちょっと秀くん、話終わってないよ」
「うるせーよ。俺は今急いでんの」

 お前に構ってる時間はねぇんだよ。まだブツブツと言ってくる莉麻を無視して歯を磨いた。やべーな。あと10分で家出ないと。店長、遅刻するとうるせぇんだよな。

「ねぇ、どこでバイトしてんの?」

 ひょこっと壁から顔だけ出しながら聞いてくる。急いでるっつってんのに。

「……」
「早く答えろよ」

 てめっ、こっちは歯ぁ磨いてんだよ。急いでるっつってんだろうが。黙ってろよ。
 ギロッと睨むと睨み返された。うわ、最低な奴だ。口を濯いでからタオルで口元を拭いた。

「…ぺっ。駅の近くだよ」
「へぇ、そーなんだ。じゃあ何のお店?」

 なんて言いつつ答える俺もバカかもしんねぇけど、こいつよりはましだと思う。
 莉麻は俺が答えているのに満足してるようでさっきまでの殺気立った顔から一変して笑顔になってる。こえーな、人って。

 あ、マジで時間やばい。

「おいこら莉麻。話は後でだ」
「はー?ちょっと、私とバイトどっちが大切なのさ」

 何そのうざい質問。んなもん考える前に決まってんだろ。


「バイト」
「死ね」

 彼氏がバイトしてたのを知らなかった奴が何言ってんだ。





─fin

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あきゅろす。
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