秘密コウサク
8
大変なことになった。
握り締め過ぎて、皺が出来つつある白いワンピースを見つめるオレ。
……早く着てごらんなさーい、なんて馬鹿にしているように感じるのは気のせいだろうか。
まさか、昨夜のトラウマと再び対峙することとなろうとは。
しかも、今日は自分の意思で身に着けねばならない。
なんて皮肉なんだ。
加えて、どうあがいても逃げられそうにないこの状況。
まさに四面楚歌だ。
物理的な意味で。
「もう、どうにでもなれ!」
フリルがなんだ。
ワンピースがなんだ! 躊躇するな、こんなので困惑してたら男が廃るってもんだ! 幹人さんのためだ。
幹人さんのためならワンピース着て外へだって出られるさ。
それがオレの愛の強さだ。
パワーオブラブだ。
漢になれ、漢になるんだ、オレ!
泣きそうになりながら自分を叱咤激励し、オレは颯爽とパーカーを脱ぎ捨てた。
「……」
数分後、オレはゴクリと生唾を飲み込んだ。試着室の鏡には白いワンピースに身を包んだ人間がいた。
胸元、一段目のフリルが見事にオレのぺったんこな胸板(当たり前だが)をカバーしている。
そして胸から裾にかけてA字のラインを描いたフォルム、さらに太股にたっぷりあしらわれたフリルが、オレの細っこい腰を覆い隠す。
オレは感嘆した。
だって凄過ぎる。
オレの欠点を一瞬で見抜いてかつ、あっという間にベストな服を見繕いやがった。
間違いない、あの店員プロだ…!
「あの、着れましたけどー」
カーテンから顔だけ出すと、幹人さんと話していたらしい店員と目が合った。
「お疲れさまですー。どれどれー?」
店員がカーテンの隙間からオレを眺める。
「……ちょっと待ってて下さいねー」
上から下まで視診するみたいにオレを見て、再びカーテンを閉められる。
なんなんだと訝しんでいると、スッと黒いなにかを差し出された。
「これ、羽織ってみて」
「何すかこれ?」
「いいからいいから」
疑問符だらけの頭で差し出されたそれを羽織る。
黒い七分袖のパーカーだ。
なるほどと唸った。
きっとこれは上半身の矯正だ。
筋肉と肩幅の薄さは昔からのコンプレックスの一つだったが(一番のコンプレックスは顔だ)、なんだかんだ言って一応男の骨格をしていたようだ。
骨張った箇所をパーカーが和らげているのがなんとなくわかる。
ん? おかしい。
オレこんなに骨張ってたっけ?
「素晴らしい」
妙な違和感を覚えていたら、そばにいた店員が小さく呟いてきた。
ドヤ顔だ。
敬語がどこかへ消え去っているが、それはもうオレの中では取るに足らない些細なことにすぎない。
この隙のないコーディネート。
貴女こそ素晴らしいですよ、ショップ店員の鑑です。
そう尊敬の眼差しを向けると、店員が頷いた。
ドキドキしながらオレもつられて頷く。
「彼氏さん見て下さい。彼女さん超可愛いですよー」
シャッとカーテンが開かれる。
すぐに幹人さんと視線がかち合った。
ワンピースの短い丈が急に恥ずかしくなって、もじもじ足を擦らせた。
中のトランクスは捲ったが、何かの拍子で覗いてしまわないか心配だ。
それにしても。
「幹人さん……。な、なんか言って?」
どぎまぎしながら声をかけると、幹人さんが「あ、ごめん」と謝った。
「オレ、変じゃない?」
「変じゃないよ。変じゃないけど……」
「けど、なに?」
「ホントに着てくれるとは思わなくて」
幹人さんの顔がみるみるうちに赤くなって、ついには俯いてしまう。
これは誉められているんだろうか。よくわからない。
なんだか幹人さんが戸惑っている。
「困っちゃ駄目ですよー彼氏さん。彼女さん超可愛いでしょう? どうしますー?」
「可愛いです。この服買います」
「お買い上げありがとうございまーす!」
「なにぃ!?」
店員の巧みな売り口上にあれよあれよと乗せられていく幹人さん。
オレが着替え終わる頃にはショップバッグが既に携えられており、さっきまでの困り顔が見事に消え失せていた。
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