秘密コウサク
4
暑いのが悪いんだ。
オレは暑いから、姉ちゃんのショーパンを履いてみるだけなんだ。
そう自分に言い聞かせて姉ちゃんの部屋に忍び込んだオレは、ある意味勇者かもしれない。
「あんた、なにしてんの?」
「姉ちゃ……ッ!!!」
全然勇者なんかじゃなかった。
部屋に入って2分弱。
暗がりで、姉のショートパンツのファスナーを中途半端に上げた状態のまま、オレは言葉を失った。
手がぶるぶると震えて頭が真っ白になる。
「違う! これは違うんだ姉ちゃん! これは――」
半裸でオレは弁解した。
自室の電気を着け、バックを床に投げ捨てた姉ちゃんが無言でこちらに近付いて来る。
オレの頭の中で否応なく、某人食い鮫映画のBGMが流れた。
ヤバいヤバいヤバいヤバい、ぶっ殺される……!!
「なんなのこのけしからん太股はあああッ!! カモシカかお前はああッ!」
「痛い! 痛い! 姉ちゃんごめん、ご、ごめんなさい!!」
太股を平手打ちされ、本来の謝罪理由とは無関係な事由で全力で土下座するオレ。
それでも平手が飛んで来て、オレは姉の部屋で転がるように四つん這いになり逃げ惑った。
が、一瞬で右足首を掴まれ吊し上げられる。
「違う! 違うんです姉ちゃん! オレは決して変態的な意味で行為に及んだんじゃないんです痛たたたた!!……あ、暑くて、エ、エアコン、駄目って言うから、あ……ッ!!」
「ほう……?」
俯せで上半身を床に着けたまま片足をあらぬ方向へ反らされ、シャチホコの如き態勢のまま視線を上げれば。
ニヤリと笑う悪魔が、ドレッサーの鏡に映っていた。
幹人さん。半裸で先立つ恋人を、どうかお許し下さい。
あれからオレは、約一時間にも及ぶ折檻を受けた。
しかもプロレス技と強制着せ替えの二本立て。
シャチホコの刑からプロレス技へと、流れるように刑は移行され、叫びまくって息も絶え絶えなオレは、「その太股が憎い」と罵る姉に女装と決めポーズを強いられた。
それだけでも叫び出しそうなくらい恥ずかしいのに、さらに姉ちゃんはオレの痴態を写メり自分の友達(複数)に送りつけた。
「し、死にてー……」
扇風機の風がそよぐベッドの上で俯せになってふてる。
小一時間という短い間に、女装という行為がすっかりトラウマとなってしまった。
スカート、ワンピースまではなんとかかんとかむせび泣きながらも意識を保っていられたが、ほぼ裸エプロン(パンツだけは死守した)でグラビアポーズをとらされた時はもう……。
思い出すのもおぞましい。
その後、姉ちゃんはピロリンとオレの写メが添付されたメールを送信すると満足したのか、魂が抜けかけたオレの衣服を引っ剥がし、部屋からオレを追い出した。
そして、トランクス一枚でガタガタ震えるオレにこう言った。
また女装したくなったら、いつでも来な。
副音声で、これに懲りたらもう二度と勝手に部屋に入るなと聞こえた。口は笑っていたが、目がマジだった。
あの写メ、誰に送ったのだろう。
家に姉ちゃんの友達が来たら、確実にいじめられる。いっそ引きこもろうか。
と、枕元で鈍い音がした。
オレの携帯だ。
パカリと開いて目に入ったメールの差出人に、ぶすくれていた心が急浮上した。
「幹人さん」
要件欄は『眠れない』。
何かあったのだろうか。
反射的にボタンを押して本文を開く。
『敦子と会うの、楽しみ過ぎて眠れない。早く会いたいな』
携帯を握る手がわなわなと震えた。
「オレも! オレもだよ幹人さーん!!」
叫んですぐ隣(姉の部屋)から壁ドンを食らったが、そんなのはどうでもいい。
隣家の恐ろしい番犬に吠えられるとか、そんなレベルの些細なものだ。番犬に、オレの愛は止められない。
「幹人さん大好き! 超好き! うおー! オレの気持ち幹人さんに届けっ!」
声が枯れていても関係ありません。
愛しています。
心から。
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