Title:HAPPY BIRTHDAY
ちらちらと、薄紅色の花弁が風にのって舞い散る。
墨色の夜空に映えて、綺麗だなぁ、なんてぼんやりと眺めながら、アパートへの道を辿るハデス。
今日は放課後の会議で遅くなった上に、三途川に飲みに連れ出され、散々に飲まされた。
時計の針は12時を越えている。
「明日が平日じゃなかったら、きっと朝まで飲まされただろうな‥。」
小さく溜息を付きながら、この時期にしては肌寒い夜風に、けれどほてる頬には心地好いと、目を閉じてその感触に浸る。
ほんのりと桜の花の香りがした。
「‥もう寝てるかな?」
ポケットから携帯電話を取り出して、ようやく慣れてきた操作で、見馴れたアドレスを選ぶ。
ぴかぴかと赤い光が点滅して、
[送信完了]
の文字が浮かんだ。
「やっぱり、寝ちゃってるか。」
反応の無い自分の携帯を片手に、自宅への階段を上がる。
(今日はモデルのアルバイトで遅くなるって言ってたし、きっと疲れてるよね。)
疲れていてもいなくても寝ることに関しては貪欲な少年の事を思いながら少し笑みがこぼれる。
「何、ニヤニヤしてんだよ。」
悪態をつく愛しい相手の姿が目に浮かぶ。
「おい!」
「えっ!?」
夢心地でふわふわとした幻想が自分を呼ぶ声で掻き消される。
「え?え!?藤くん??」
思い浮かべていた恋人の姿が目の前にあった。
「アンタ、一人でニヤつくの止めろよ。いつか通報されるぞ。」
「え?!そ、そんな事してた??」
「すげーしてた。キモかった。」
「キモ‥!?‥っていうか、君なんで此処に?今日はアルバイトがあるから来られないって、」
「そうだったんだけど、ちょっと、なんとなく‥。」
戸惑いがちに告げる藤は、高校の制服のままだ。
バイトが終わってそのまま来ただろう事が伺える。
「それになんでこんな所で‥、部屋に入ってたらよかったのに。」
「合鍵持って来なかったんだよ。仕方ないだろ、来るつもり無かったんだから。」
藤は家の鍵を持つという習慣が無いらしく、ハデスが渡した合鍵を持ち歩かない。
以前にハデスが尋ねた際も、「だって無くすかもしんないから」と、普段は自室に仕舞っている事を明かした。
「とにかく、入って。」
ハデスは部屋の鍵を開けて藤を扉の中へと促す。
右手で触れた藤の指は冷えきっていた。
「君、いつから待ってたの?」
冷たい指先を包む様に両掌で握り締める。
「‥すぐ、帰ってくると思ったから。」
バツが悪そうに目を逸らして答える藤に、ハデスは泣き出したい気持ちになる。
「ごめんね。君を一人で待たせて。‥こんなに冷えるまで‥」
「‥別に、そんなの。」
「あ、お風呂入れようか?あったまるから‥、」
はっ、として玄関口から部屋へと歩を進めるハデス。
ぱっ、と離れていく大きなひび割れた手。
「えっ、あ!」
とっさにその手を掴む藤。
「あ、」
「え?」
思いもよらぬ自身の行動に耳まで赤くする藤。
「藤くん‥?」
何故引き止められたか分からずにいるハデス。
「っ、‥手、」
呟くように告げる藤の手を、ハデスはそっと握り反して、藤の身体ごと抱きしめた。
「離さない方がいい?」
柔らかい栗色の髪に鼻先を埋めながら問うと、微かにこくん、と頷いて、ぎゅうぎゅうとおでこをハデスの肩に押し付けてくる。
「‥先生、酒臭い。」
「‥ごめん。」
「さっき、なんでニヤニヤしてたんだよ?」
「‥藤くんの事、考えてたから、です。」
「‥。」
きゅ、と握った手の細い指に、力が入るのが分かる。
「さっきのメール。」
「うん?」
「まだ読んでない。」
「うん。」
「教えろよ‥。」
上目遣いで頬を赤く染める藤。
睨むような目線は照れ隠しだとすぐに分かる。
愛しさから笑みが溢れてくる。
ハデスは、その腕の中の幸せを噛み締めながら囁いた。
「お誕生日おめでとう。
藤くん。
これからもずっと、
ずっと大好きだよ。」
藤くん誕生日おめでとう!!
遅いよ!!でも祝うよ!!
だって好きだからさ!
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