007あのときはよかったね(川) 教室に忘れ物を取りに戻ると、川田くんがいた。 綺麗な夕焼けが、教室を紅く染めている。 ふと私の足は、教室の扉の所で止まってしまった。 普段はとても大きく見える川田くんが、紅い夕日に照らされて、何だか少し頼りなく見えたのだ。 そのまま黙って教室に入るのは何故だか気が引けたので、私はちょっと勇気を出して、 「どうしたの?」 と話しかけてみた。 中学三年生の一年間クラスは一緒だったけれど、ほとんど話したことはなかった。そのせいだろう、自分が微かに緊張しているのがわかる。 川田くんはすっと首を動かして、私の方を見た。 しかしそれも一瞬のことで、彼はすぐに私から視線を外して、「別に」と短く言った。 そして、沈黙。 ………どうやら、私は第一声を間違ったようだ。 そそくさと自分の席に近付いて英語の教科書を取り出し、去ろうとする。 すると。 不意に川田くんが、 「忘れ物か?」 と声をかけてきたのだ。 私はちょっと驚いたが(だってあの川田くんが!)、それを表情に出さないようにしながら「うん」と頷いた。 「俺も、忘れ物」 彼はそう言って自分の机から数学の教科書を取り出す。 私は、テスト近いからね、と微かに笑った。 それから、視線を窓の外に転じ、 「夕焼け、綺麗だね」 とほとんど呟くように言った。 無言で夕焼けを見つめる彼の目元は、笑っているわけではないけれど、ひどく優しい。 「夕焼けに思いいれでもあるの?」 私が何の気なしにそう尋ねると、彼はちょっと困ったような表情を作って、 「……少しな」 と言った。 その姿が、やはり頼りない。 川田くんがどこか遠くを見ているようで、私は思わず、 「今はどう?」 と尋ねてしまった。勢いで続けた、「夕焼け、きれい?」 私はすぐにしまったと思った。 私は彼と仲がいいわけではない。無駄な詮索なんて、するべきじゃなかった。 川田くんは少し驚いたような表情をとったけど、すぐにまたいつものポーカーフェイスに戻って「……まぁまぁかな」と言った。 私が思っていたより気分を害していなかったようで、ほっとした。 「そう、よかった」 と言って、私が笑うと、 彼の目元はまた優しくなった。 「あのときはよかったね」 まるで、そう言いたげな目元。 |