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058大勝負(三)



やばい、どうしよう。
私は体育館の壁にぴったりと身を寄せて固まっていた。引き返すべきなのだろうけれど、この距離だもの、動けば私の存在はきっと彼らにばれてしまう。

私は体を強張らせたまま、ゆっくりと空を見上げた。薄い水色に、細長い白がいくつもなびいている。秋晴れとは、まさにこのことをいうのだろう。
この空も、違う状況で見れば純粋に美しいと感じた筈だが、今は私の愚かさが余計に強く感じられるのみ。

さっと冷たい風が吹き抜けた時、私の背後からまたあの子の声がした。

「私と付き合ってよ」

私の心臓が再び強く鼓動した。

それは、先程「信史、好き」と告げていた彼女の声と全く同じトーンだった。微かに張り詰めた、しかし綺麗なアルト。
確か、彼女はC組の子。女子バスケ部のエースだ。女の子にしては短く切られた髪と強い瞳が印象的な、すらりとした美人。

彼女の声を聞きながら、なんで私は今日に限って三村の練習を見に来たりしたんだろう、と激しく自分を責めていた。
秋也の部活が終わるまでの時間の潰し方くらい、他にいくらでもあったのに。体育館に行って三村がいなかった時点で、他の部員に彼の所在など尋ねず引き返せばよかったのに。確か体育館裏に行ったぜ、と言われた時に、何かを感じ取るべきだったのに。
そうすれば、自分の間の悪さと直感力の無さを反省しつつ、他人の告白を盗み聞きしている罪悪感に苛まれることもなかったのに。

私が空を眺めながら自分の短慮を悔いていると、また背後から声が聞こえた。今度は低い声。

「それは、本気かい?」

いつもと同じ三村の声なのに、それは彼の声ではないように、私には聞こえた。独特のおどけた調子をはらんでいながら、しかしなにか、うまくは言えないが、普段の彼とは違っている。そんな感じ。

曖昧で真意の見えない三村の言葉に、彼女はさらに曖昧な言葉を重ねる。

「さあ、どうかしら」

彼女のこの返答を聞いたとき、私はなんとなく三村はこの子と付き合うのだろうな、と確証なく思った。
私の予想を裏付けるように、三村の愉快そうな笑い声がここまで届いた。

「適当だな」

「適当なオンナは嫌い?」

切れ味するどい返答を即座に返した彼女は、今、どんな顔をしているんだろう?

しばしの間の後聞こえたのは、
「嫌いじゃないな」
という低い声。

それから、落ち葉を踏みしめてどちらかがどちらかへ近付く微かな音。

「嫌いじゃないっていうのは?」

また張り詰めたような声がする。
……この声はいけない。この声を聞く度に私の心臓は強く締め付けられるように痛むのだ。

しかし同時に、私の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
……彼女は、本当に『適当なオンナ』なのだろうか?嫌いじゃないのは?という問いは、好きだと言われなければ安心できない繊細な心から来るものではないのだろうか?

「……好きだぜ」

三村の愛の言葉が、彼女を安心させるに足る力を持っているといいなと心から思った。
じゃないと、自分を偽ってまでして想いを遂げようとした彼女が、あまりにも、報われない気がする。

しかし、残念なことに、秋の風に乗って私のもとへやって来た彼女の「わたしも」という言葉は(或いは、そのトーンが)、私の胸を再びきつく締め付けた。

私は風に髪を遊ばせながら、透き通るように青い空を見上げた。

次期に、冬がくる。



その大勝負の結末は、彼女とこの空だけが知っている


私には、そんな勇気はない、一握すらも。



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