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057実は…(秋)



「distinctive」

「えーっと……特徴的な」

「正解。やるじゃん秋也。
じゃ最後、vivid」

「生き生きした」

「正解!いいことばだねー」

「そうだね」

そして、互いに笑い合う。

毎回授業の最初にある単語テストも、こうして名前と予習出来るんならそんなに悪くはない。
むしろ、名前にカッコ悪いところは見せられないからと個人的に予習が進みに進む。名前と予習をするようになってから単語テストだけはいつも高得点。流石ですね、七原くん。いやいや、それ程でも。
しかし、ひとりで予習を進めまくっていることは名前には言っていない。秘密にする程のことじゃないけど、なんというか、いささか直球すぎるように思うのだ。「君とこうして問題を出し合えるのが楽しくて、カッコ悪いところは見せたくなくて、予習はばっちりなんです」。……まあ、実際はその通りなんだけども。我ながら不純な動機。

しかし、俺の馬鹿みたいにあふれる意欲なんて知るはずもない彼女は、
「じゃ、次秋也問題だしてよ」
と、柔らかい笑顔で単語帳を俺に差し出す。

「オーケイ」と言いながら、それを受け取ろうと伸ばした指先がちょっとだけ、微かに名前の肌をかすめた。もう、それだけで心臓が高鳴るのだから、俺は本当におめでたいのだと思う。
高揚する気持ちを押さえ付けながら名前をちらっとみやれば、彼女はちょっと険しい顔をして、どうやらせっかく覚えた単語を忘れまいとしているようだ。真面目な名前には悪いけど、その真剣な表情がかえってかわいらしいな、と思ってしまった。

「ちょ、はやく出して、忘れちゃうよ」

おっと、名前に見とれていたら軽く怒られてしまった。俺は慌てて単語帳を開く。

「あっ、ごめん。
じゃあ……、」
開いたページに視線を流し、とりあえず一番下にあった単語を読み上げた。
「intelligible」

「えーと、理解した?」

おずおずと、ちょっと上目遣いになりながらそう解答した名前。
俺はその表情にどぎまぎしながら言った(だって上目遣いだぜ!)、「おしい!理解可能な、だよ」

「んー、やっぱ英語難しいよー」

眉尻を下げた彼女になにか励ましの言葉をおくろうとした時、近くにいた三村がくすくすと笑って名前の名を呼んだ。
俺と名前の視線を浴びながら、三村は「いいかい、お嬢さん」といつものおどけた調子で切り出した。

「intelligibleは、語尾にableが付いてるだろ?あれが、可能なって意味なんだよ。わかるだろ?
だから、intelligibleは理解可能な、になるわけ」

あ、成る程!と納得したように二度、大きく顎を引いた名前は、三村に満面の笑みを向けながら「よくわかった。ありがとね」と礼を述べる。

「初歩の初歩だよ、ベイビ」

そう言ってウインクする三村。
それを見てふふっと柔らかく微笑んだ名前。

……なんだか俺、置いてかれてる気がする。
最初、名前と話してたのは俺なのに。

そんなことをぼんやり思っていると、それを見透かしたように三村が
「むくれんなよ、七原」
と言って俺の肩を軽く小突いた。

俺は「むくれてないよ」と三村を押し返して、名前に向き直る。

「さ、続きいこう」

すると、名前は三村から視線を外して俺に向き直った。
彼女の意識が俺に向いたことに満足しながら再びページに視線を落とし、どの単語を読み上げようかと迷っていると、俺の頭上から三村の信じられない言葉が降ってきた。

「おい……それ、ページ違ってないか?」

しばしの沈黙の後、俺と名前の短い疑問の言葉が重なった。

「え?」
「え?」

「今日は298ページからだぜ」

284ページから297ページは飛ばすって、前の授業で言われただろ?と三村の口から紡がれる言葉は、名前の頭上を通り過ぎて消えてゆく。
俺は名前と予習できる嬉しさから既に320ページぐらいまで個人的に目を通していたから特に動揺はなかったけれど、名前はそうではないようで。
うちひしがれたような表情で、ごくごく静かに言った。

「……忘れてた」

三村は軽く笑いながら「ま、そんなこともあるさ」と名前の肩を叩いて自分の席へ向かう。
彼を横目で見送ってから、名前は大きく溜息をついた。

「絶対追試だ」

肩を落としながら298ページをめくる名前。
そんな彼女を見ながら、またまた大変不純な動機で俺は真剣に考えていた。さて何点で追試にかかろうか、と。


俺、実は…そこまで予習してるんだよね。なんて、下心がばれそうで言えないよ

後日、本気を出した名前は追試を免れ、下心を出した俺はひとりで追試を受けに行きました。



あきゅろす。
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