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003巻き戻し(杉)



「たとえば、何か色々とあって、凄く幸せな出来事があったとするでしょ?
でも、それもほんの一瞬で、もう次の瞬間には別の感情が私たちを待っているのよ。
悔しくない?なんかそういうのって、悔しくない?」

俺の目の前に座り、感情的な早口でそうまくしたてる苗字に、俺は「まぁ、落ち着け」と言った。

苗字はどうにもならないような悩みが出来た時、
「頼れるのは杉村だけだー」
とか何とか言って、俺の所に来る。

迷惑と思ったことは無い。
むしろ、他人の考えに触れる数少ない機会だから、俺は歓迎しているくらいだ。

ただ、「杉村なら、何か素晴らしい解決策をくれそうな気がして」という彼女の期待にそぐえている自信は無い。全く無い。

しかも今回のこれは、また難題だ。

これは悩みというより、もはやただの不満だろ?
そして、どうせまた七原がらみだろう?

俺は苗字の大変可愛らしい恋愛下手に心の中で苦笑しながら、「仕方ないだろ」と言った。

「幸せはとどまらないものだぜ」

片想いなら尚更、な。

そこは声に出さずに、心の中で。

「それも中国の本から?」

「…いや、持論だ」

「ふーん、」


難しそうな顔で頬杖をついて、机に視線を落としている苗字。

「それは、あきらめろってこと?」

俺は机の一点を見つめている彼女にばれないように小さく溜め息をついてから、言った。
「あきらめるなってことだよ」

それを聞いた苗字はたっぷり間をおいてから、ゆっくりと、
「…うん、分かった」
と頷いた。

俺はそれを見て、少し安堵した。

俺は正直なところ、苗字と七原には早いとこ付き合ってほしいと思っている。
こうして苗字に色々と相談されるうちに、俺は自分と彼女を重ねて見ていたんだろう。

俺の想いは、もう学校の離れてしまった彼女に届くことは無いだろうが、
苗字と七原は同じクラスなんだから。

俺のそんな考えを知るはずもない彼女は、机に落としていた視線をふっと上げ、頬杖をやめてぐいっと身を乗り出し、
「でもさ、…こう、時間が戻ればいいなァ、とかは思わない?」

俺の目を見ながらそう言った。ごく真剣な面持ちで。

俺はそんな彼女を正面から見据えながらちょっと考えて、言った。「思うけど、それでも時間は戻らない」

そう、戻ることは決してない。

「それも、中国の本から?」

「……いや、常識だ」

「ふーん、」

再び苗字の視線が机に落ちる。

悩んでる、考えてる。


不意に、

「……そうだよね、常識だよね、うん。
……ありがとう、すっきりした」

そう言い、苗字は視線を上げた。

「ホント杉村はすごいや」

俺と視線がかち合ったところで、にっと笑ってそう言った。その笑顔は屈託のない心からのそれで。

俺はそんな彼女が眩しくて、「そんなことない」とちょっとだけ笑った。

それは、わりと心から。



巻き戻しライズ

たまにはそんな葛藤も悪くはない



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