026ずっと騙していたんだね(秋) 「え、違うの?」 「うん、絶対違うと思う」 手紙を持ったままの私の問いに、貴子は自信を持って大きく頷く。 私は手紙にちょっと視線を落として、彼女に反論した。 「でも、秋也が言ったのよ」 秋也は正直者を体言しているような存在だ。 私は彼が嘘をつくとは思えない。 そう、あれは確か小学校五年生のとき。 その日もいつも通りに秋也と慶時と三人で登校した私の下駄箱に、手紙が一通入っていたんだ。 私が「あ、手紙だ」と言うと、秋也と慶時は「え!?」とすごい勢いで食い付いてきた。 慶時がニヤニヤ笑いながら「名前〜」と言っていたのに対して、秋也は慌てたように「名前!」と私の名前を呼んだの。 私と慶時の意識と視線を浴びながら、秋也はこう言ったんだ。 「それ、呪いの手紙だよ!」 「え、本当?」と驚きながら尋ねると、 「ほんと!下駄箱に入ってる手紙は全部呪いの手紙だから、開けたら駄目なんだぜ」と秋也は私の目を真っ直ぐに見ながら力説したのだった。 「七原だって嘘くらいつくわよ。もうこの際確かめてみたら?どうしてもって言うなら私が開けてもいいわよ」 私の回想を聞き終えた貴子はさっさと上履きに履き替えながら、さらりとそう言った。 私は外靴のまま手紙を見つめてしばらく硬直していたが、やがて決意を固めて自分で開封することにした。 ゆっくりと封を開けて、中の便箋を取り出す。 丁寧に折り畳まれたそれを慎重に広げて、その文章に目を走らせた。 「呪いの手紙だった?」 貴子の問いに私は呆然と首を振った。もちろん横に。 「これ…ラブレター?」 私の問いに、彼女は軽く首をすくめて言った、「たぶん、その時のもね」 どうしよう。 もしかしたら私は、ラブレターを捨ててしまったことになるのだろうか? もしもそうだったら、私は誰かもわからないままに男の子の心を傷付けたことになる。 「……なんで?」 どうしてそんな嘘をついたんだろう? 「……七原の名誉のために弁解しとくと、」 貴子はそこで一回言葉を切って、私の目を見て続けた。 「彼は名前のために嘘をついたのよ」 私のため? どうしてそうなるの? 視線でそう尋ねた私に、貴子は薄く笑って答えた。 「名前を他の男にとられたくなかったんじゃないの?」 「………」 もしも、もしも仮にそうだとしたら、私は幸せ者だ。……今までに手紙をくれた男の子には悪いけれど。 私は今日の手紙を再び封筒にしまう。 「貴子、私、何にも見てないよ」 「あら、そう」 そして二人で笑い合った。 「あ」 玄関で声をあげた私に、秋也は「なに?」と声をかけてくる。 「いや、手紙が」 人生で三通目の下駄箱の手紙を手にとって、私はそれを秋也と見比べた。 私はもう高校生だ。これが呪いの手紙ではないことは、中学二年の春に貴子に教えてもらっている。 ――そういえば秋也は覚えているのだろうか?あの小学校五年生の頃の話を。 私は例の手紙を秋也に差し出して言った。 「秋也、これはなんでしょう?」 秋也は一瞬迷ったように眉間に皺を寄せたが、すぐにこう答えた。 「呪いの手紙だろ」 「何で?」 私が興味深そうにそう尋ねると、秋也は言葉に詰まったように黙りこんだ。 「ね、どうして?」 「……小学五年生の俺の言葉を引用するとだな、」 秋也はちょっと嫌そうに喋りだした。 「この手紙を見たら、名前は優しいから、その――悩むだろ?いろいろ。返事とかに」 そうでもないよ。 私は秋也が思うほど優しい人じゃない。返事は決まってる。 でも私のそんな心情を知るはずもない秋也は続けた。 「だから、そんな名前を困らせる手紙は呪いの手紙だって、こういうことだよ」 「それ、本当に小学五年生の時に考えたの?」 「ああ、そうさ」 笑顔がぎこちない。 秋也は嘘をついている。 でも私は、嘘でもいいと思った。 秋也が私のためを思ってついてくれた嘘なら、騙されてもいいや。 「そう。ならこれも呪いの手紙ね」 優し過ぎるあなたは私のことをずっと騙していたんだね なんて返事しようかな え!?返事するの? 当たり前じゃない、人として へ、へぇー |