雲泥万里11
元就は甲冑を鳴らしながら歩み、目の前の平原を見る。
曇天の下に広がる殺風景な地。今は穏やかだが、数刻後には戦場となる場所。
毛利軍は今、戦前の緊張した空気を漂わせていた。相手はあの織田、魔王と自らを称する信長率いる強大な軍勢である。大将もだが、それを支える武将達、そしてそれらが率いる数多の兵達。全てが脅威となって中国を飲み込もうとしている。
それを許す元就ではない。即座に陣を敷き、迎撃態勢を取った。織田は武田や北条も侮れぬと称した巨大な軍である。こちらも相応の備えで迎えなければならない。
そこで、元就は同盟国である四国に援軍を要請した。
「おう、気ぃ張ってんな!」
元就の背後から大声がして、彼女は首を少しだけ振り向かせる。元就と同じく武装している元親が大股で歩み寄り、元就の隣に並んだ。
「あんたの武装を見るのは、あの時以来だな」
元親は笑いながら言う。あの時、とは一番最初に二人が顔を合わせたときだ。当時は敵同士だった二国が今や肩を並べて同じ敵に向かうとは、縁とは数奇なものだ。
「で、守備はどうだ?」
「陣は万全に展開してある。これはあくまでも防衛戦、相手側が撤退すれば我らの勝利だ」
元就は冷静な口調を保っている。元親の方が戦が始まると些か興奮しているのだが、彼女の方はそんな様子は全く見えない。
「織田を相手にしてる割には冷静だなぁ。まぁあんたらしいけど」
「ふん、我は総大将ぞ。大将が浮足立っていては兵達にも動揺が移り、士気の増減に関わる。大将とは常に水のように平静を保っていることが重要だ」
なるほど、と元親は頷いた。確かにこれだけ落ち着いていれば、部下からすれば頼もしいことこの上ない。
真似してみるか、と考えてみたが、元親が同じようにした場合恐らく逆効果だろう。アニキがおかしい、と大騒ぎになって士気が激減するに違いない。
「……おい、聞いているか」
不意に声を掛けられ、別のことを考えていた元親は慌てて顔を下に向けた。
「わ、悪い。何だって?」
元親の詫びを聞いて、元就は兜の下の目もとをぎりりと歪ませた。まずい、と元親は更に謝って機嫌を取り戻そうとする。
「ちょっと考え事してたんだ、悪かったよ」
「その考え事とやらは、我の作戦の説明を聞き逃す程の価値があるものか」
どうやら此度の戦の作戦を伝えていたらしい。それは本当に申し訳なかった、と元親はもう一度謝った。
元就はひとまず怒りを納め、もう一度説明してくれた。
「まずは普通に正面からぶつかる。あくまでも防衛戦であるゆえ、強引な進軍はさせぬ。長曾我部、貴様には前線にて我が軍とそちらの軍を率いて戦ってもらいたい」
「軍を混ぜるのかい?」
「こちらは援軍を呼んでいる、と相手に見せて士気の低下を狙う」
なるほど、と元親は再び頷く。流石は策士と名高い毛利元就、作戦は綿密に作られている。
「俺が前線なんかに出ていいのかい?毛利には野蛮な兵がいるなんて噂されちまうかもな」
冗談半分で元親は笑ってみたが、元就は表情を変えなかった。
「貴様ほどに目立てば、あれは毛利の者ではないとすぐに分かる。心配には及ばぬな」
俺は目印代わりか、と元親は笑顔を強張らせた。目立ちもするだろう、こんな大柄に銀髪、眼帯に巨大な武器では。
「……不満か?」
元就が目だけで見上げてくる。不満か、と聞かれれば、首を振るしかない。
「へ、俺みてぇな奴が奥に引っ込んでるなんて勿体ねぇだろ?野郎ども連れてばっちり蹴散らしてきてやるよ!!」
勢いよく言って元親は胸を叩いた。そんな彼を、元就はあくまでも冷静に一瞥した。
彼を前線に置く本当の理由は、その覇気だった。彼の戦に対する姿勢は、周囲を引っ張る力がある。彼が前線にいれば士気はかなり高まるだろうと考えての配置なのだ。だが、それは本人に伝えるつもりはない。
「……その『野郎ども』であるが、一部隊ほど預けてくれまいか」
「あ?」
どういうことだ、と尋ねる元親に、元就は作戦の続きを説明した。
この平原の脇に小さな山がある。小さいと言っても山であることに変わりない。そのすぐ傍に、毛利の本陣が敷かれている。
「山中の道は獣道程度、通るのは地元の民でもごく僅かと聞く。…だが、油断は出来ぬ。山を迂回して陣の側面を叩かれれば、敗北しかねんのだ」
「で、安全のために部隊を置くってか。…まぁ、妥当だろうな。お前はその本陣にいるんだろ?」
元親の問いに、元就は頷いた。
「前線は貴様に任せる。代わりに我は陣の奥で采配を振るう」
元就が頭脳となり指揮を執り、元親が手足となって武器を振るう。互いに相応しい役目だ。
「策は分かったぜ。野郎どもに話つけてやる」
「任せたぞ」


そして元親が自軍の陣に戻り、元就が伝えた作戦をそのまま部下達に伝えた。
一部隊を指名し、お前らは本陣横の山で待機してもらう、と言い渡すと、彼等は一斉に不満の声を上げた。
「何で俺達は山の中なんですか!?」
「言っただろうが、そこが危ないって毛利が言ってんだ。毛利の陣が潰れれば、この戦は負けたも同然だろ」
「俺達はアニキと戦いたいんですよ!!」
「そりゃ俺だって思ってるさ。けど誰かがしなけりゃいけねぇんだ」
「…俺達は、毛利を守るためにここに来たんじゃねえんですよ!」
部下達に納得してもらおうと元親は何とか説き伏せようとするが、彼等は依然として不満を露に口を歪めている。
元親は、元就は冷たいだけの女ではないと分かっている。だが部下達はそれが分からないのだ。本当はこの戦に援軍として加わることだって不満だった。
中国は中国で、勝手に戦をすればいいのだ。それで勝てばこちらの安全も保障されるし、負けて織田に下ったとしてもこちらは痛くも痒くもない。自分たちの大将とはまるきり違う冷酷な将の言うことなんて聞きたくない、というのが本音だった。
「お前らの不満も分かるさ。でも今回は我慢してくれ」
元親の言葉を聞き、部下達は口を閉ざした。不満を呟く声は聞こえなくなったが、頷く言葉も聞こえない。
彼らの表情に困惑気味の元親だったが、戦が始まるという知らせを受けて武器を振り上げた。
「行くぞ野郎ども!!俺達の底力、織田に見せつけて吠え面かかせてやれ!!」
元親の鬨に、部下達も応えるように怒号を上げる。士気を膨れ上がらせ、元親は戦場へと飛び出していった。



***



「信長公、戦が始まった後の少しの間、私に自由をくださいませんか?」
ゆらりと現われた細身の男が、陣の奥に腰を置く男に声をかけた。
織田の陣内、空気は張りつめて息をすることすら憚られるほど緊張している。将達は強張った表情を細身の男に向けるが、本人は長髪を揺らして気楽そうに微笑んでいる。
「少し興味深いものがあるのです。すぐに戻ります、構わないでしょう?」
「光秀、この戦を何と心得ているのです」
女の声がぴしゃりと言い放ったが、それを遮る低い声が響いた。
「構わん、好きにしろ」
「ありがとうございます、それでは」
光秀、と呼ばれた細身の男は楽しそうに微笑み、ふらりと体を反転させて陣から立ち去って行った。
「よろしいのですか、上総介様…」
困惑した女の声には答えず、男は腰掛から立ち上がった。
「ふん、捨て置け」
そして男は脇の狙撃銃を掴み、虚空へ銃身を向ける。一発、耳をつんざくような銃声が響いた。
少し遅れて地面に何かが落ちる。羽を打ち抜かれた小鳥が、血を流しながら地を這って身悶える。
「…根絶やしにせよ」
魔王、織田信長は口を歪ませて笑みを浮かべた。




***


戦の場面は苦手だよぉ。



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