Solty Chocolate1
新学期が始まり、正月休みの余韻も消えた頃。
昼休憩、いつものように二人で弁当を食べていた幸村と元就のところへ、一人の女子生徒がやってきた。
「ねぇ、毛利さんって、伊達君と仲いいの?」
唐突に話しかけられ、二人はほぼ同じタイミングでその女子生徒を見上げた。まず、誰なのか。
「ちょっと、いきなり話しかけるなんて。ごめんね二人共、この子せっかちだから」
後ろから慌てて追いついてきたのは、幸村達と同じクラスの女子生徒。彼女の友人なのだろう、と二人は納得した。
「いいじゃん、このぐらい。ね、どうなの? 伊達君とよく話す?」
件の女子はあまり気にしていないようで、更に元就へと顔を寄せる。この年にしては少々大人びた、派手目の美人だった。
「……それを聞いて、そなたに何の関係がある」
元就はいつもの調子でそっけなく返す。だが、声の調子はいつもより低く、明らかに機嫌が降下している、と幸村は感じた。
「ええー、教えてくれたっていいじゃない。それとも言えない何かがあるの?」
対する女子は全く意に介していないようで、それどころか含みのある笑みを浮かべて元就に視線を向ける。
煽っているとも取れる彼女の態度に、幸村どころか背後の女子まではらはらとした顔で二人を見守っていた。
「何もない。あやつとも何もない。ただの顔見知り程度だ」
元就は視線を反らし、簡潔に答えた。
「ほんとぉ? だって、毛利さんは長曾我部君と付き合ってるんでしょ? 長曾我部君って伊達君と仲いいし、その流れで話すこともあるんじゃないの?」
「我はあやつが好かぬゆえな」
食い下がる彼女に、元就はごく自然な流れでさらりと答え、幸村は思わずぎょっとしてしまった。
まさかの反応に、質問してきた女子も流石にひるんだ様子だった。それに構わず、元就は再び彼女へ顔を向ける。
「質問は以上か。ならば我は昼食を再開するぞ。昼休憩は短い、時間は惜しいのでな」
「そ、そうだよね! ごめんね二人共、お弁当の邪魔しちゃってさ。ほら行こ!」
元就の言葉を受け、背後でびくびくしていた同クラスの女子が慌てたようにそう言って、ぽかんとしているもう一人を引っ張るようにしてその場を去っていった。
「……も、元就殿、今のは、まことで」
幸村がおどおどと尋ねると、元就はしれっと「嘘だ」と返した。
「ああでも言わねば引き下がるまいと思ってな。利己的な理由で人の食事を中断するなど、無礼の一言に尽きる」
本当は半分ぐらい本当なのだが、元就は幸村の手前そこは言わずに置いた。幸村はほっとした表情になり、そしてすぐに不思議そうな顔になる。
「あの方、どうして政宗殿のことを尋ねてこられたのでござろうか」
「さてな。どうせ下らぬ理由ぞ」
元就はすっかり彼女が気に食わなくなってしまったようで、不機嫌そうに弁当をつついている。食事を中断させられたことがよほど不快だったのだろう。
そんな彼女を前にして、幸村もそれ以上口にすることが出来ず、元就に倣って弁当のおかずを口に運ぶことにした。




次の日の放課後。
元就は図書館に寄っていくと言い、幸村も道場に行く日のため、教室を出たところで二人は別れた。
生徒玄関に吹き込む北風に身を縮めながら幸村が靴を履き替えようとしていると、不意に名を呼ばれて振り返る。
「あ、先日の……」
こちらに駆け寄ってくる顔を確認して、幸村は小さく頭を下げる。昨日、昼休憩にやってきた女子生徒だった。
「ね、この間聞いたことなんだけど……真田さんは、伊達君と仲良し?」
「えっ!?」
上目で指先をいじりながら尋ねてきた彼女に、幸村は大げさな反応で答える。
「な、仲良しというわけでは……いえ、嫌いなどということではないのです! お話はすることもありますが、別に、そのような……」
政宗の話題となると、幸村は冷静でいられない。彼女もまたもそもそと指をいじり、歯切れも悪くそう答えた。
「へぇ、でも喋ったりはするんだ……クラスも違うのに。やっぱり仲良しなんじゃない?」
女子は幸村の答えに納得できないようである。
「いえ、そんな……そ、そもそも、何故そのようなことをお尋ねになるので?」
返しに詰まった幸村が反撃すると、目の前の女子は含みのある笑みを浮かべた。先日見せた、あの表情だ。
「……伊達君って、格好いいよねぇ」
「えっ、は、はぁ……」
思わず同意してしまったが、すぐに幸村はしまった、と内心で慌てる。しかし、相手は特に気にしていないようだった。
「あたしね、伊達君のことが好きで……バレンタイン、近いじゃない? だから、告白しようと思ってるの」
「こ、こくはく……」
ちょっと恥ずかしそうに答えた女子に、幸村は硬直して顔を真っ赤に染めた。告白、の言葉だけで物凄く恥ずかしいのだ。
「でも、あたしはずっと伊達君のこと見てたけど、彼と喋ったことはないの。だから、告白する前に情報が欲しくて……ねえ、彼のこと、些細なことでもいいから教えてほしいの。あたしの恋、応援して!」
お願い、と彼女は手を合わせて頭を下げる。幸村の微妙な表情の変化は、見えなかったようだ。
「……あの、某……」
幸村はどうしていいのかわからず、何か言わなければと口を開くものの、言葉は何も出てこない。鞄の紐を握り締めていると、女子は顔を上げてにっこり笑う。
「まだ時間はあるし、あたしも自分で調べるし。真田さんも、何か聞いたらすぐ教えてね! ……あとさ、バレンタインのチョコ、伊達君にあげるのは無しにしてほしいな。あたしのチョコを印象づけたいし、ワガママだけどお願い」
そう言うと、彼女は手を振って軽い足取りで玄関を後にした。残された幸村は、呆然と立ち尽くす。
政宗が好きだと、告白するのだと、彼女は言った。こうして情報を聞き出そうとしている辺り、それは空言ではないのだろう。
頭の中で、重苦しい鐘のような音が響く。唐突に告げられた内容に意識がついていかず、何故か苦しいほどに心臓が胸を打つ。
「……道場に、道場に行かねば……稽古を、しなくては」
考えがまとまらず、幸村は一人そう呟いて靴を履き替える。力無い足取りでとぼとぼと玄関を後にし、校門へ向かう。
頭の中は先ほどの会話が延々と回り続け、幸村はすっかり気が散ってしまっていた。
道場までの道のりも殆ど記憶になく、最初こそきっちりと稽古に励んでいたものの、気づけば手を留めて考え込んでしまう。
様子がおかしい、と師範の男性が気にかけてくれたが、幸村はその度に慌てて構え直す。しかし、普段なら大人の男性でも投げてしまう彼女は、今日は逆に投げられてばかりだった。





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