君を知りたくて2


俺と毛利はほぼ毎朝顔を合わせていくうちに、何となく仲良くなっていった。
メールも時々やり取りするようになったし、学校帰りに偶然会ったときは買い食いに誘ったりもした。普通にお友達付き合いをやってたわけだ。
俺は毛利を女と間違えて好きになって、知りたいことや聞いてみたいことがたくさんあった。だから話題には事欠かなかったし、男だと知った今でも聞いてみるぐらいの好奇心は持ち合わせていた。
いつも何読んでんの、から始まり、学校のことや私生活のこと、彼女いるのかとかも聞いてみた。毛利は顔を真っ赤にして首を振って否定した。見た目通り大人しい奴なんだな。
俺のことも何でも聞いて、と言えば、毛利からもおずおずと質問されることもあった。お返しのように、彼女はいるのか、と聞かれた。
「いるように見えるか?」
「長曾我部ならば、いてもおかしくはないかと……」
「おいおい褒めてくれるなぁ。いや、実はいないんだけどさ。……この間、片想いが終わったし」
目の前に相手がいるんですけどね。
「そ、そうなのか。……長曾我部が振られるとは、信じられぬが」
ぼそぼそ、と毛利はそう言ってくれた。毛利って、結構優しいんだよな。俺のことすごい高く評価してくれてるみたいだ。
「毛利がそう言ってくれるだけでも俺、救われるわ。まぁ、俺が勝手に好きになって、勝手に振られたってだけなんだけど」
目の前のお前にな、とは言ってもしょうがないから言わないけどさ。
「そうなのか……でも、我から見ても、長曾我部は、その、か、格好いいと、思う。気にする、ことはない……」
俯き気味に、毛利はそう言ってくれた。そんな風に言われると、何か、むず痒いというか。
「ありがとな。でも毛利だって、案外女子にモテてるんじゃないのか?……って、お前んとこ男子校だったっけ」
毛利は結構小柄なのに、男子校の中で大丈夫なんだろうか?……いや、変な意味ではなく。
毛利は小さいし何かにつけおどおどするし、こっちを窺うように話すことが多い。妙に保護欲がそそられるというか、小動物みたいでさ。
つい最近まで女だと思ってたということも、まああると思う。つい女子に接する感覚でいっちまって、はっとしてこいつは男だって再認識する。それの繰り返し。
「長曾我部、以前お礼のことを話したのを覚えておるか?」
ある日、電車の中でそう言われ、そういえば、と思い出した。
「ああ、あったっけ。でも、別に気にしなくていいんだぜ?俺何もしてねぇし」
気を使ってもらうほどのことをしたわけじゃない。こいつを痴漢してるおっさんから助けたってだけで……ああ、思い出すとしょっぱいなぁ。
「だが、それでは我の気が済まぬのだ。何か、欲しいものはないのか。せめてそれぐらいは贈らせてほしいのだが……」
毛利は引く気はないみたいだ。欲しいものねぇ、別に今は特にないんだけど……あるとしても高額すぎて、そんなもの強請れない。
「んー……あ、俺あの映画見に行きたいんだわ」
ふと目についたポスターを指さして俺が言うと、毛利もつられたように電車内の天井からぶら下がってるポスターを見た。
最近上映が始まった奴なんだけど、政宗や他の友達とは趣味が合わないやつで一緒に行く奴がいねえんだ。一応政宗にはダメ元で声かけてみたけど、やっぱ断られたし。「電車の彼女でも誘えよ」とまで付け加えられてな。
政宗には、毛利のことはまだ言ってないから、俺がまだ電車のあの子に片想いしてると思ってるみたいだ。
まぁそれはさておき。
「じゃあ、あの映画一緒に見に行ってくれないか?それに付き合ってくれたら、それがお礼でいいよ」
思いつきだったけど、なかなかいい案じゃないか?俺は映画が見られるし、毛利もこれでお礼が出来て一石二鳥だ。
「だが、そんなことでいいのか」
「いいよ、全然おっけ。毛利が嫌じゃなければ」
いくらお礼でも、毛利が嫌なら無理は言わないさ。嫌がる人と一緒に遊んでも面白くないしな。その時は別の方法を考えるつもりだったけど。
「い、嫌ではない。だが、……」
「ん、何?」
口ごもった毛利を見下ろしていると、頬が真っ赤になっているのが見えた。
この角度からだと、制服さえ見なければほんとに可愛いな……俺が間違えるのもしょうがないって。うん。しょうがないんだ。
「映画を、誰かと見に行くことが、初めてゆえ……」
「あ、そうなんだ。初めてがこんな奴で悪ぃなあ」
やっぱり見た目通り、引っ込み思案だったんだろうな。自虐ってほどでもないけどそんなことを言うと。
「そのようなことはない」
さっきまでのおどおどしていた顔を一転、口調を強めて毛利は否定してきた。ぎょっとして思わず凝視すると、はっとしたように再び俯いてしまった。
「す、すまぬ。初めてのことゆえ、勝手が分からぬこともあるかもしれぬが……では、一緒に、行かせてもらうとする」
何かすごくかしこまって、毛利はそう言った。うーん、ほんとに嫌じゃないのかな……
「じゃ、時間とか調べとくな。またメールするから」
ひとまず俺がそう言うと、ようやく毛利は顔を上げて頷いた。ちょっとだけ口元が緩んで見える気がするから、たぶん嫌ではないんだと思う。それならいいんだけど。
その後すぐに俺の降りる駅に停車したので、俺は毛利にじゃあなと言って電車を降りた。人の少なくなってきた電車内で毛利がぎこちなく手を挙げて、ドアが閉まっていく。
そういえば毛利と遊びに出かけるのって、これが初めてだな。ちょっと楽しみになってきて、俺は足取り軽くホームの階段を下りていった。




***



約束の日、緊張してそわそわしていた割に、普通に映画は楽しめた。
毛利は初めてって言うだけあって、どこか落ち着かなくて俺の後ろをひよこみたいについて回って、逆に申し訳なくなった。俺は映画のポスターとか、今後上映予定の映画一覧とか、上映中の映画の画面を見て回ってたけど、毛利はついてくるだけでそれらに興味はないみたいだった。
「毛利は、どんな映画が好きなんだ?」
「……特に、決まってはいない。機会がなければ、見るものではないゆえ」
誰かと、って言ってたけど、単に映画館自体に縁がなかったのか。それなのに誘って、まずかったかな……
俺がそう考えたのを感じ取ったのか、毛利は慌てて言葉を繋げた。
「全く興味がないわけではないのだ。ただ、どれが面白いのかは分からなくてな……ゆえに、長曾我部がこうして誘ってくれて、映画を見る機会が出来て、よかったと思っている」
「そ、そうか?そんならいいんだけど」
まぁ、嫌々来たわけではないんなら、いいんだ。
俺がちょっとでも遠慮すると、毛利はそれに倍ぐらいの輪をかけて遠慮したり謙遜したりするから、いっそ横柄にふるまった方がいいのかとすら思っちまう。
チケット代は、珍しく毛利が言い張ったので、申し出に甘えて驕ってもらうことにした。ポップコーンとかジュースとかも買って、満席には満たないシアターで映画を見た。
やっぱり来てよかった。映画は俺が見たかった内容で、盛り上がったし緊迫したし、最後には胸が熱くすらなった。
俺はすぐ顔に出るらしいから、政宗と一緒に行くと「恥ずかしいから席を離れて取る」と言われるんだ。そんなつもりはないけど、一人で百面相してるらしい。
二時間と少しで映画は終わって、そのあとはフードコートで飯食いながら感想を言い合った。
「どうだった?」
「うむ、初めて見る作品だが、なかなか面白かった。手を握りしめてしまうような緊張のシーンもあって、最後まで目が離せなかった」
「そうだろ?俺も俺も!途中のあれ、すごかったよなぁ!」
意外にも好評だったみたいで、俺も嬉しくなってつい盛り上がってしまった。やっぱり趣味が合うって嬉しいことだよな。
「へへ、毛利が楽しんでくれたみたいでよかった」
にこにこ笑って俺が言うと、毛利も目元を少し緩めて笑ってくれた。……う、やばい、笑ったら可愛い……
いかんいかん、毛利は男なんだって。
「長曾我部も楽しそうであったな。隣で静かに騒いでいるのが伝わった」
「へ?」
静かに騒ぐって日本語変だぞ。じゃなくて、俺そんなに一人で騒いでたのかよ。
「マジ?俺そんなに盛り上がってた?……自覚ねぇんだけど」
「我が時々見ていることに気付かない程度には、盛り上がっていたな」
思い出したのか、毛利は口元も緩めてふっと笑った。可愛いんだけど、それどころじゃない。
「うわ、恥ずかしい……」
政宗に「幼稚園児並だな、お前って」と笑われたときより恥ずかしい。何でよりによって毛利の前でやらかすかな!
「さ、騒がしくしてごめん……」
「別に迷惑ではなかった。映画を楽しんでいるのであればよいではないか」
毛利はそう言ってくれた。うう。優しい奴だぜ……!
「あれ、そこにいるの、ひょっとして毛利?」
聞きなれない声が毛利の名前を呼んで、俺と毛利は同時に顔を向けた。妙に派手な空気を纏う男が、驚いたような笑顔でこっちにやってきていた。
「意外だなぁ、こんなところで毛利を見るなんて。こっちは、友達?別のクラスだっけ?」
「……違う高校だ、電車が一緒で」
男は親しげに俺と毛利に笑顔を向けるけど、お前いったい誰なんだ。そして、何故か毛利が急に不機嫌になった。
不機嫌っていうか、今まで楽しそうにしてた顔や声を全部抑え込んだみたいな。こいつ、毛利に何かしてんのか?
「ど、どちらさんで……」
「ああ、悪い悪い。俺、前田慶次、毛利と同じクラスなんだ」
俺が控えめに尋ねると、男はすぐに名乗った。ふーん、同じクラスか。
「俺は長曾我部元親、さっきも言ってたけど、電車で毛利とよく会うんだ。それで仲良くなってさ、今日は初めて遊んでるってわけ」
毛利は俯いたまま、無表情で動こうとしない。俺が代わりに説明してやると、前田はまた驚いたようだった。
「毛利が、遊ぶ?……へぇ、こういうところもあるんだ。いつもと全然違うから、俺てっきり……」
「前田、用がないなら去れ」
前田の言葉も最後まで聞かず、毛利はイライラしたように呟いた。ぎょっとしたのは俺だけで、前田の方は慣れたように笑って対応している。
「わ、怒らないでくれよぉ。悪い悪い、からかうつもりじゃなかったんだって。じゃあ俺はこれで。そっちの旦那も、またねぇ」
流れるような動作で踵を返して、前田は手を振って俺達から立ち去った。毛利が何もしないから、俺が気まずげに手を振りかえす。何なんだあいつ……
「……毛利、あいつのこと苦手なのか?」
あっちは楽しそうだったけど、毛利は全然楽しそうじゃない、それどころか不機嫌になっちまってるし。ひょっとして、いじめられてたりするんじゃないだろうか?
心配になってそう聞いてみたけど、毛利は首を横に振った。
「そうではない。ただ、あやつのやかましい空気と、誰にでも親しげに話しかけてくるのが、慣れなくてな……」
ぼそぼそ呟く毛利は、さっきみたいにイライラした雰囲気は消えたみたいだった。
でも、なるほど。毛利は控えめな奴だから、さっきの前田みたいな強引なやつとは合わないのかもな。
……ていうか、俺も強引じゃないのか?やかましいし、なれなれしいし、映画で盛り上がるような奴だし……
「長曾我部?」
「いや、俺もそういやうざってぇかなと思って。前田のキャラと似てるところあるし……」
ごめんな、と謝るより先に。
「そんなことはない!長曾我部が鬱陶しいなどと、そんなことがあるか。前田のような軟派な奴とは全然違う!」
毛利が急に力強い口調で訴えてきた。思わず俺が顔を上げると、少し興奮気味の毛利と目があった。図らずもぎくっと、違う、どきっとしてしまう。
「ぁ……」
毛利ははっとしたように表情を緩めて、また俯いてしまった。頬が真っ赤に染まって、湯気でも出そうな勢いだ。
「す、すまぬ……前田のことも、すまなかった。明日、あやつにはきつく言っておくゆえ……」
「え、あ、いいよ別に。俺は気にしてねぇし」
そういうと、毛利はようやく顔を上げてくれた。そうだよ、せっかく可愛いんだから、もっと顔を上げて、もっと笑ってくれればいいんだ。
……いや、男だってことは分かってるけどさ。
「そろそろ別のとこ行くか。見たい店とかあるか?」
俺がそういうと、毛利は「特にない。任せる」と返した。予想通りだな。
「じゃ、適当にぶらっとしてみようぜ」
前田っていう茶々は入ったけど、せっかく毛利との一日なんだ。最後まで楽しまなきゃな。




***



夕方まで館内をぶらついて、毛利がそろそろ門限が近いと言うので駅まで一緒に向かった。俺は反対方向の電車に乗るから、ここで解散だ。
「今日はありがとな。毛利と初めて遊ぶから、どんな風になるか分かんなくて緊張したんだけど、普通に楽しかったし」
「う、うむ……我も、た、楽しかった。……また、機会があれば、誘ってくれ」
「おう、毛利がいいならな。今度は毛利が行きたいところに付き合うぜ」
「まことか?では、考えておくゆえ……」
嬉しそうにする毛利を見ると、嬉しいんだけど複雑な気分にもなる。何なんだこれは。
俺は毛利が女じゃなくて失恋したわけだけど、それは毛利には関係ない。俺が勝手に勘違いしてただけなんだからな。
男だったとしても、毛利と仲良くなれて嬉しいし、楽しい。友達になれて嬉しいんだ。
その筈なんだけど、何でもやもやするんだ?
「では、我は行く。また明日、電車でな」
「ああ、またな」
階段を上がっていく毛利を下から見送って、俺はしばらくぼんやりとしてしまった。
自分ちに向かう電車が来るアナウンスでやっと我に返り、慌てて反対方向の階段を上る。
駆け上がる足が軽快で、一日が終わってしまうのが惜しいとすら思っちまった。
もっと、毛利と一緒にいたかったなぁ。






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初デートで浮かれちゃう二人といつもの風来坊。
毛利がデレデレすぎですねすみません。






あきゅろす。
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