Marvelous Scarlet1
幸村はサキュバス、いわゆる淫魔という種族だった。
淫魔はその名の通り淫欲を糧に生きる者。他者と交わることで相手の精を魔力として摂食する。
彼らにとって性交は食事であり、また尤も楽しい遊びでもあった。
しかし、幸村は淫魔には相応しくない生真面目で頑固な性分で、見ず知らずの男と交わるなどととんでもない、と頑なに性交を拒んできた。
性交が一番簡単で手っ取り早く効率のいい摂食方法ではあるが、食べ物を食べたり自然の魔力を地道に溜め込んでいればそれなりに生きてはいける。
なので、幸村は淫魔のくせに慎ましやかな、人間でいう修行僧のような食生活をして今まで生きてきた。
だが、そうも言っていられなくなった。長い年月を生きた彼女の体は、最早そんな微々たる魔力程度では維持できなくなりつつある。
そして何より、種族の上部からも苦言を呈されたのだ。淫魔として当然かつ必然の行為を蔑ろにすることはまかりならぬ、と。
彼らは幸村に、次の満月までに男から精をもらってこなければ強硬手段に出る、と通達した。
強硬手段とはつまり、上部が用意した相手と強引に交わることで、幸村の体に直接性の快楽を教え込むというもの。普段の粗食のせいで魔力に飢えた体ならば、たとえ意思は拒絶しようとも容易く陥落するに違いない。
種族としてのアイデンティティを拒む彼女の潔癖は、上部からすれば淫魔の存在を否定しているも同然の許されざる行為ということだ。
流石の幸村も、その通達には頭を抱えた。交わりを拒絶し続けた結果はご覧の有様で、性交をしなければ性交させられる、性交が嫌なら性交をしろ、という八方ふさがり具合である。
彼女は悩みに悩み、とうとう決意した。
明日の夜、人間の男を襲う。そして精をもらい、淫魔としての責務を果たすのだ。




そして決戦の夜。
魔界から人間界へと移動した幸村は、深夜の静かな街並みを足元に見下ろしていた。
既に月は煌々と輝き、闇に晒された彼女の肌を冷たく照らし出す。まだ満月には少し足りない月は、その魔力を月光に込めて地上へと注ぐ。
さて、と幸村は腕を組んだ。襲う相手を誰にするか、未だに決めていないのだ。
慣れた者は人の多い場所を狙って人間に成りすまして誘い込んだり、寝ている人間に夢として現れて交わったりと、あの手この手で性交をしている。
今回が初体験の幸村は、相手を誘い込むやり方が分からないため、寝ている人間を襲う方法を選んだ。これなら最低限の行為だけして、さっさと魔界へ帰ればいいので都合もいい。
問題は、その相手をどうやって見つけるか。
悩む幸村は、じゃああの家で、と適当に目立つ家を見つけ、あっさりとそこに決めた。そこに男がいれば決まり、女のみであれば選び直しだ。
周囲の家より少し大きなその家の、二階のベランダに降りた幸村は、ガラス窓を通り抜けて室内に立ち入る。
あまり家具のない、がらんとした部屋だった。一般的な部屋より大きな部屋だが、人間界にあまり馴染みがない幸村は特に何も思わなかった。
ぐるっと見回せば、部屋の隅にベッドがあり、そこに人が眠っている。音もなく近づいて、それが男だと確認し彼女は内心ほっとした。
しかし、すぐに困り顔になった。ここからどうやって性交に持っていけばいいのか、さっぱり分からなかった。
すぐに乗っかっていいものか。それともやはり男を起して許可を得るべきか。布団を剥いだ時点で起きてしまいそうだが、目を覚ました男が逃げてしまえば元も子もない。
悶々と考えていると、布団の中の男が寝返りを打ち、幸村の方へ顔を向けた。そして、ゆっくりと目を開ける。
「あ、起きてしまった……」
思わず声が出てしまい、幸村は急いで口を閉じたがもう遅い。男は二三度瞬きしたのち、ゆっくりと起き上って目の前の幸村を凝視した。
「……何だお前」
「ええ、と……幸村と申します。某、見ての通り淫魔でござる」
律儀にも名前を名乗り、幸村はぺこりと頭を下げた。深夜に勝手に部屋に立ち入ったのだから、最低限の礼儀として名乗るのは当然と考えたのだった。
馬鹿正直に名前を名乗った彼女を、男はしかめっ面でじろじろと注視する。
「見ての通り、とか言われてもだな……淫魔って、あれか?男とセックスして命を搾り取るとかいう悪魔の……」
「いえ、必ずしも男と言うわけでは。淫魔にも性別はありまして、男はインキュバス、女はサキュバスと呼ぶのです。性交にて頂くのは命ではなく精力、それを変換した魔力でして」
すらすらと説明する幸村を、男は更に胡散臭そうな顔で見やる。幸村からすれば、間違った知識で誤解を生んでもまずかろうという、ただの親切心である。
「それで、あんたは俺を襲いに来たってか」
「左様でござる」
「……俺はロリコンじゃねえんだけど」
男の視線は幸村のむき出しの胸元へ滑り落ちるが、彼女はそれを気にするより首を傾げた。
「ろり、とは?」
「つまり、少女趣味じゃねえよってこと。まだガキだろ、あんた」
そういうのが趣味のおっさんのところにでも行けば、と彼は眠そうに頭を掻きながら答えた。
彼が幸村を少女と判断したのも無理はない。今の彼女の体型はどう見ても子供、無理して見てもせいぜい中学生程度の発育だった。
人間界に満ちる魔力は少ないため、魔界から移動してくる者は大半がその体躯をある程度制限される。それでもせいぜい角が消える、鱗がなくなる、牙が縮む、その程度だ。
幸村は普段の粗食が祟り、体内の魔力が微量しかないため、人間界にくる際に相当の制限がかかってしまったのだ。魔族故の角も羽も尻尾もない、本来ならもっと成熟している体は未熟な少女のそれになってしまっていた。
男からすれば、今の幸村は裸同然の恰好をしたつるぺた少女、と言ったところか。
そんな男の正直な言葉に、幸村はむっとした。お願いする前に断れたこともそうだが、何よりガキと言われたことが納得いかない。これでも既に二百年は生きている。
「外見で判断めされるな。この幸村、今の姿は未熟でも然るべき体は備えておりまする!」
「ほぉ、然るべきねぇ」
馬鹿にしたように鼻で笑う男に、幸村は更に肩を怒らす。負けず嫌いである。
「そのように申されるなら、試してみては」
「つまり、あんたを抱けと?」
「貴殿のお手は煩わせませぬ。某の手管にて、貴殿を満足させて御覧に入れましょうぞ」
最低限のことをして、などと考えていたことなどすっかり忘れて、幸村はそんなことを言い出した。
今この場で、この男をぎゃふんと言わせてやらなければ心安らかに魔界に帰れない。
男は眉を上げてその言葉を聞き、にやりと顔を歪ませた。
「そりゃ面白い。俺が満足できなかったら、どうしてくれるんだ?」
「その時は!……ええと……」
急に勢いがなくなり、幸村は困ったように口ごもった。満足させれば精をもらえて円満解決だが、満足しなかった場合はどうするか、何も考えていなかった。
「じゃ、俺の言うこと何でも聞いてもらおうか」
「あ、では、それで……」
男が自ら提案したため、幸村はあっさりとそれに同調する。
「では、決まりましたな」
「オーケイ、やってもらおうか」
これから性交をするとは思えないような言葉を交わして、二人は距離を縮めた。
「そう言えば、貴殿のお名前は?」
ベッドに胡坐をかく男に乗り上げつつ、幸村はそう尋ねた。その顔は無邪気で、これから一緒に遊ぶ相手に名を訪ねるかのような気軽さだった。
「……政宗、だ」
男は何故か答えに躊躇った。幸村はそれが不思議だったが、特に気にせずその名を繰り返す。
「では、政宗殿。よろしくお願いいたします」
意識もせずにこりと笑い、幸村はその幼い顔を政宗へ近づける。政宗が呆気に取られた顔をしていることには気付かず、そのまま彼の唇に自身の小さなそれを重ねる。




淫魔の体液は催淫作用があるため、キスは媚薬の役割を果たす。普通の人間ならば、たった一度のキスで理性が融解し、朝になるまで目の前の淫魔を貪ることしか考えられなくなる。
しかし、幸村がどれだけ唇を吸っても舌を絡めても、政宗の様子は一向に変わらない。おかしい、と不審に思いながら舌を抜き差ししていると、不意に彼の舌が口内をぬっとりと撫で回してきて、途端に幸村の背がびくりと震えた。
「んふっ、む……っ、ま、政宗殿は何もしないでくだされ!某が全ていたしまする!」
「だって、あんたのキスまどろっこしいから」
馬鹿にした風でもなく、素直に感想を述べる政宗に、幸村は負けん気を起す。この淫魔が、人間ごときに手解きをしてもらうわけにはいかない。
「これから、これからでござる!政宗殿は、ええと、楽にしていてくだされ……」
どう見ても子供がむきになっている表情で幸村は言いつけ、政宗の寝間着へ手を伸ばす。
きっと魔力不足のせいだ。それで本来の力が出せないから、催淫のキスも効かないのだ。幸村はそう思った。
だが、催淫になど頼らずとも性交は出来る。経験はないが知識ならある。いつも魔界でしている武術の鍛錬と一緒で、手順を踏めば簡単に終わるだろう。彼女はそう考えていた。
寝間着のボタンを外して胸元を晒し、程よく締まった肌に唇を寄せる。布団で温められた素肌は心地よく、胸筋に添えた手は自然と胸から脇をゆったりと撫でる。
ひく、と肌が震えたのを感じて、反応があったことに喜んだ幸村だったが、頭上から抑えた含み笑いが聞こえてきたため、単にくすぐったいだけかとがっかりする。
なかなか思うように政宗が快楽を感じないため、幸村の手は彼の股間へと伸びていく。男の泣き所を弄られては、流石の彼も狼狽えて顔を崩すに違いない、と彼女は考えた。
緩いズボンに手を潜り込ませた幸村は、意気込んだ顔を不意に怪訝なものに変える。手に触れたものが何か分からず、不躾に突っ込んだ手で恐る恐る取り出した。
「……ぅ、」
現れた男性器に、幸村の顔は怯んだように歪められた。思っていた以上に、大きい。
「どうした、淫魔のくせに見るのは初めてか?」
政宗が可笑しそうに声をかけ、そこではっと我に返る。主導権を奪われてはならない、と心を奮い立たせ、手にした陰茎を両手で包んで扱き始める。
以前読んだ指導書では、確かもっと小さかったはずである。未経験の幸村にとっては、その大昔に読んだ指導書の知識が性交の全てだった。
確かこの部位を刺激してやれば、男は骨抜きになるのだ。手中の陰茎は確かに張り詰めてきており、先端を幸村の顔へ向けて鎌首をもたげている。余裕ぶっていた政宗の顔は相変わらず笑っているが、その目には確かに欲の熱が灯りつつある。
よし、と幸村は改めて意気込んだ。幼く縮んでしまった手には少々余る大きさだが、両手で擦れば十分なはずだ。
先端から雫が零れ、幸村はためらいなくそれに舌を這わせる。子供が飴を舐めるような無邪気さで亀頭を舐められ、政宗の眉間は僅かに揺れた。
「は、ガキみてえな顔して舐めてくれんのか。さすがは淫魔だな」
政宗の声に幸村は顔を上げ、彼の顔を見てにこりと笑う。
「この程度、淫魔なれば造作もないことでござる」
さすがは、と言われたのをそのまま称賛と受け止めたらしい。得意になった幸村は、更に口を開けて亀頭を咥え込んだ。
偉そうに言いはしたものの、それらも全て指導書に書いてあったことでしかない。見栄を張って口に含んだはいいが、思っていた以上に亀頭も大きく、苦しい上に口内に広がる汁はあまり美味くない。
指導書には極上の蜜の味などと書かれていたのに、と内心がっかりした幸村だったが、今更吐き出すわけにもいかず諦めて口内の亀頭をしゃぶって嘗め回す。
口内の肉は確実に刺激を受け止めびくびくと震えるものの、次の段階にはなかなか進まない。確か、快楽を与え続けて絶頂へ達すれば陰茎から精液が吹き出し、それを摂食することで魔力を得ることが出来るはずなのだが。
「舐めてるだけじゃもの足りねえな……もっと楽しませてくれよ」
不意に囁かれ、大きな手が幸村の顎に添えられる。緩やかに上を向かされ視線を向ければ、楽しそうに眼を細める政宗がこちらを見下ろしているのが見えた。
それにぞくりと背筋が震え、幸村は慌てて口を離した。唾液に塗れた亀頭が僅かな明かりを反射して艶めかしく光る。
先程感じた震えは何だったのか、幸村自身よく分からない。恐怖ではない、驚いたわけでもない。ただ、彼の顔を見ただけだと言うのに。
考えていても仕方ないため、幸村は再び奉仕へと戻る。口から離れてしまった亀頭へ再び舌を這わせ、今度は咥えずに舌だけで舐めていく。鈴口から亀頭のくびれへ移動するように唇でなぞり、裏筋を舌先で撫でながら根元へ顔を寄せていく。
鼻先を陰毛が掠め、濃密な雄の匂いが鼻腔内へ広がると、幸村の臍の下がぎゅうっと痛いほど疼き出す。異性のフェロモンに反応し、淫魔の体が本能的に熱を高ぶらせていくのだ。
幸村にとっては今回が初行為のため、こんなことは未経験である。何か変だ、と思いはするが原因も分からず、体内の熱に困惑したまま奉仕を続けた。
「ん、いいぜ……もう一回口に入れて、今度は出来るだけ奥まで咥え込んでみな」
熱っぽい声に促されて、幸村も素直に従う。主導権を握るつもりでいたのに、気付けば政宗の指示に従っている。それに悔しさを感じることもなく、幸村は小さな口いっぱいに怒張した陰茎を頬張った。
「ふぅ、……ん、む……」
喉の奥へ亀頭を押し込むとさすがに苦しいが、幸村は自ら顔を押し付けて陰茎を口の中に押し込んでいく。苦しいだけではない、少しずつその苦しさと口内の苦味がクセになってきている。
呼吸もままならなくなり、顔が熱くなって目には涙が滲む。未だ殆ど触れられていないはずの幸村の体にも、最早隠しきれない熱が広がりつつあった。
「っ、よし、飲み込めよ……!」
顎を支える手にぐっと力が籠り、口内の陰茎がぶくりと膨れる。顎が外れそうな衝撃も一瞬で、すぐに喉に温かい液体が流れ込む。
「んぅ、う……っんぐ、ん、ん……っ」
匂いとは比べ物にならない程の濃厚なフェロモンを粘膜から直接摂取し、幸村は一時的に酩酊状態に陥る。上手く回らない頭を揺らめかせながらも、何とか精液を飲み干して口から陰茎を引き出す。
「っぷぁ、ぁあ、はぁ……、はふ……あ、れ?」
痺れた口で必死に呼吸を整えていた幸村は不意に自身の手を見て目を瞬かせる。先ほどより、手が大きくなり指が伸びている。何より、肌の色が赤く染まっているのだ。
慌てて自分の体を見回すと、ついさっきまで魔力が制限された未熟な容姿だった体は、魔界にいるときと同じく背丈も伸びて胸も尻も膨らみ、人外の証でもある角と背中の羽、トカゲのような細長い尻尾も腰元から生えている。


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