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D:指で殺せ





※電波系男子デスコ
※流血注意












(出ていけ……)

目覚めた瞬間から、私の思考は彼に浸蝕されていた。
ぎしり、ベッドから身を起こして顔を覆うが、頭の中では彼の声や仕種を追う作業が延々と繰り返される。

「出ていけ、出ていけ、出ていけ!!」

私はいてもたってもいられず、手元にあったハサミを振り回す。
そこには誰も居ないというのに、空間を、ベッドを、衣服を、あるいは自分の身体を、とにかく触れた物全てを切り刻んだ。
はあ、はあと息を荒くして動きを止めた時には、腕からとろりと血が流れていた。

(どうしたんだいデスコール、怪我をしているじゃないか!)

そんな声が聞こえてきそうだ。
いや、彼ならきっと言うだろう。
そんな事を考えている自分が無性に腹立たしくて、ギリギリと怪我をした腕を握った。
どろ、と、血が量を増すのを見ながら、半ば麻痺したような頭で考える。

(…出て、いかないなら、)

こちらから行くまでだ。
そうなると私は手早く仮面を着け、帽子を被り、シャツとスーツの上からグレーのマントを纏った。
大丈夫、これで滞りない、いつもの私だ。

(ああ、脳が、)

溶けてしまうようだ、と思う。
脳髄が彼に甘く苦く侵食されて痺れるのを感じるが、まかり間違っても言ってなるものか、とも思った。
そもそも、目を合わせるだけでも彼は狡猾に私の意識を乱していくのだ。

(いや違う、こんなものは、)

言い掛かりである事ぐらいはわかっている。
しかし断じて、私は私の言葉に溺れたい訳ではないのだ。

(何故ならエルシャール、私は、君を、)
















「わ!…デ、デスコール?」

気がつけば私は、彼がすっとんきょうな声を出すのをぼんやりと見つめていた。

「……レイトン、きみか。」

息をするように自然に口にして、ようやく状況が見えてくる。
目の前に居るのは彼で、ここは通りの往来で、今は大雨らしい。
何も持たずに出た私は体中すっかり濡れていた。

「君か、とは随分だね。どうしたんだい?」

傘も持たずに、と訝しげに聞かれてしまう。
ほとんど無意識で、ここにどうやって来たかも覚えていないような状態だったので当然予報など見てはいなかった。が、どのみち当たりはしていないだろう。
あれは大抵嘘をつく。

「…デスコール?」

そもそもマントの下にはいつだって小さな傘を常備してあるのだが、それを使うのは何だか面白くないことのように思えた。
今まさに目の前に居る、彼以外のことまで考えている余裕などないのだ。
煩わしさにそっと息を吐く。
それと同時に彼も、ふう、と呆れたように溜息を吐いた。

「…全く、しょうがないね。入るかい?」
「……フン、」

私は何も言わず、自分の傘を傾けて笑う彼の側に寄る。
すると何が嬉しいのか、彼は更に楽しそうに笑う。
それがまた妙に苛立たしく思えて、思わず言葉を付け加えた。

「しょうがないから、入ってやろう。」
「ふふ、そうだね、ありがとう。」

そう言ってくすくすと笑う彼を眺める。
正面から詰め寄るような形で近付いたので息がかかる程の距離だ。
どろり、ごぽりと、頭蓋から音が聞こえるようだった。

(脳が、溶ける。)

息さえ詰まる。
少し手を持ち上げると、彼に触れるか触れないかの右手は小刻みに震えていた。
鼓動がドクドクと耳に響いて、吐き気すら覚える。

そんな事が狭い傘のもう半分で起こっているのに、手が届く距離に居る筈の彼は気付いているのだろうか。
もう一度ちらりと彼を見遣ると、私が何か言うのを待っているのかただただ微笑んでいた。

(どうしろと、言うのだ。)

こちらの気も知らず、よくも微笑んでいられるものだと思った。
この苛立ちや焦燥感の少しでも分けてやりたい程だ。

(…時間が、)

止まってしまえば良いというのに。
私も、彼も、この世界も含めての全て、だ。
そうすれば、この幼い稚児のように喚き散らしたい衝動も、それでいて足元が覚束ないような高揚感も、ぴたりと止まってしまうのだろうに。

(このままでは死んでしまいそうだ!)














「デスコール?」

そうして、しばらく私が思考の渦に飲まれている間に結構な時間が流れてしまったらしい。
彼が発した言葉を聞く間にも、脳やら思考やら、私の中の何やらよくわからないものはどろどろと溶けていた。

「もうすぐ講義が始まってしまう、私はそろそろ行かなくては。」

やはり触れるか触れないか、その距離で彼は少し寂しそうに笑う。

「…そうか。それなら、君はもうここには居られないな。」

それに対して私がようやく搾り出した言葉は、ひどく幼稚に聞こえた。
彼との距離はこれ以上なく近い筈なのに、その間には幾百の隔たりが広がっていくようだった。

「ならば、レイトン。」
「?」

ぱし、と彼の手を取る。
触れた指の先から、手の平から、骨の髄まで、溶ける、溶ける、溶ける。
このまま放っておいたら私を構成する何もかもが溶けてしまって、命とかいうものも消えてしまうのではないだろうか。
しかしなかなかどうして、そんな最後も悪くない。それよりもこの手を離してしまうことが惜しかった。

「もう、別れの時だと言うならその目で、声で、指で、」

彼の手の甲に、そっと口づけを落とす。













「私を殺せ、エルシャール。」

彼なら、きっとたやすく出来るだろう。











「っ……」

ぐっと、彼が息をのむ音を聞いて、思わず笑ってしまう。

「――なんて、な。」

私はなんだか自嘲的な気分になって、くるりと彼に背を向けたのだ。















しかし泣きそうな顔をした彼が、骨も軋むような強さで私を抱きしめたのはそのすぐ後のことだった。






※※※



あのピュアピュアなラブソング、メ/ル/トをいかに殺伐と書けるかという試みでした。

笑うところです。

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