B:傘の下(ルクレイ)
「すぐにでも降り出しそうな天気ですね、先生。」
空は、とろりと薄暗い。
すん、と鼻を鳴らすと雨のにおいがした。
鳥やら猫やら、そこここの動物達もそわそわしていることだし、間違いはないだろう。
「ああ、そうだねルーク……おや、そう言っている間にも降り出したようだ。」
先生が、手の平を上向けて空に目をやる。
それを眺めていたら、ぴ、と僕の鼻先にも雨粒が当たった。
石畳にもぱっぱっと黒い染みが出来始めて、いよいよ本降りになる気配だ。
「わ、先生、急ぎましょう!」
このままじゃ濡れちゃいます、言いながら走り出そうとする僕の肩を、先生がそっと止める。
「ふふ、ルーク、いかなる時も慌ててはいけないよ。」
英国紳士としてはね。
先生はいつものように微笑むと、ばん、と小さな傘を開いた。
「あれ、先生、傘持ってたんですか?」
「ああ、携帯用の小さなものだけどね。」
にこりと笑う先生は、さすがの準備のよさである。
調査に出かけていたつい先程まではからりと晴れていたのに、一体どこに隠し持っていたのだろう。
「あ、でも…」
当然僕は傘を持っていない。
先生の傘にしても一人用の小ぶりなものだし、と一人でまごまごしていたら、急にぐいと引っ張られた。
「わ、」
「どうしたんだい、ルーク?濡れてしまうよ。」
引っ張られた先でぽすん、と顔があたったのは、先生の体だ。
僕の肩を抱きかかえる、先生の手があったかい。
「え、あの、」
「ほら、小さい傘だから濡れないようにね。」
そういってぎゅうぎゅうと引き寄せられてしまうものだから、僕は緊張して固まってしまった。
(だって、先生の、匂いが、)
ふわり、先生の研究室みたいな、紅茶と本の匂いがする。
温もりだって直に伝わってきて、僕の心臓がドキドキいうのもバレてしまうんじゃないかとハラハラした。
「さあ、帰ろうか。」
「は、はい。」
だけど先生は当然そんな素振りもなく、ゆっくりと歩きだすだけだ。
僕ばっかり意識しているのが、なんだか悔しい。
(僕がもっと大きかったら、傘も持ってあげられるし、顔だってもっと近づけるのに!)
そうしたら、先生も少しは意識してくれるだろうか?
「それにしても凄い雨だ。といってもにわか雨だから、すぐに止むだろうね。」
僕は真っ赤な顔を気取られないように、そっと先生の顔を窺った。
(僕が大きくなったら覚悟して下さいね、先生。)
心の中で呟いて、雨がずっとやまなければいいのにと思ったのだった。
※※※
8000hitフリーでした。
(配布期間は終了しました。)
初のルクレイ。
当時に折りたたみ傘的な物があるか悩んだんですが、正直なんでも発明出来ちゃう人だらけなのでまあいいやと思いました。
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