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5.恋




「……信じらんねー」

ボソッと、口を付いて出た言葉。
騒がしいバスの中だったので、その言葉は誰にも聞かれる事はなく。というよりも、俺自身が誰かに聞いて欲しかったワケじゃなかったのだけど。

俺は昨日の出来事を脳内でリピートしていた。

だって、あの青山と赤崎だろ?
どう考えても不釣り合いというか……無理がある。

まさか、冗談?
青山を八角の魔の手から助ける為の嘘なのかな?
俺達が3年になってから転校しにきた赤崎は、昨日という昨日まで誰ともツルんだりしようとしなかった。

なのに、なんで突然青山を……?
他の女子が相手でも同じ行動を取ったりするのかな?

俺はバスの後方座席に座りながら、二つ程前の席に座る青山の後ろ頭をジッと見詰めていた。

女子の数は奇数。
特に仲の良い友達のいない青山の隣は当然のように空いていて、窓際に座る彼女は窓から流れる景色をボーッと眺めていた。

「おい、聞いてるんか?!」
「え? ああ、ごめん」

青山を凝視しすぎて、隣で昨日のドラマに付いて熱心に語る奥寺 忍(おくでら しのぶ)の声が、全く耳に入ってなかった。

忍は俺の親友。
コイツは将来は俳優を目指すといって演技の稽古に励んでいて、稽古が無い時はチェックしているドラマを見て演技の勉強をするという……とても熱心な勉強家である。

「大丈夫かよ? 折角の修学旅行だぜ? バスん中でも楽しまんでどーすんだよ??」
「そうなんだけどさ……ほら、昨日のアレが まだ気になってて……」

そう言うと忍は目をパチパチさせ、俺の視線の先を追って……そのゴールに辿り着くと深く二度 頷いてみせた。

「ああ、確かに……あれにゃ俺もビックリしたもんだ」
「だろ? だって、あの赤崎と青山だぜ? お前、どう思う??」

とか言っても、忍が二人の関係など知るハズもなく、案の定 困ったように首を横に倒し、忍は眉間にシワを寄せながら青山を見詰めて『う〜ん』と長く唸った。

「アイツが演技するようなキャラにゃ見えんしな〜」

ちなみに当の本人……赤崎は俺達の席の3つ後ろで、二人分の席を堂々と占領して座っていた。

俺達のクラスは33人という少ない人数で、当然バスの席はいくつか空くようになっている。なので誰も赤崎を咎めたりしないし、というよりも赤崎と関わり合いになろうという者もいない。

こんな事を言うのも自分ではどうかと思うけど……。
なんでコイツ等、修学旅行に来てるんだろう?

ほら、だって仲の良い友達がいるワケでも無いのに、修学旅行に来る意味なんてあるのか? って思う。ハブにされるのだって確実だし……。

あ、でも、そっか。
赤崎と青山が本当に付き合ってるなら、少しは楽しみがあるって事になるのかな?

「な、義直! それよか、今日の自由行動だけどさ!」
「ん??」

「俺、アイツのコト誘おうと思ってンだけど……お前も ちっと協力してくンね??」
「あ、ああ〜、お前確か……杉村のコト」

その続きは、忍の手によって阻まれてしまった。
しかし、ここまで言えば分かる通り、忍は杉村 朔夜(すぎむら さくや)が好きだ。何処が好きかと聞いてみると、忍は迷わず『全部!』と答えるくらいゾッコンなのだ。

全部……、全部か。すごいな。
確かに、杉村はドコからどう見ても【清楚】や【可憐】と言った言葉が似合うようなお嬢様で、顔良し、スタイル良し、性格良しと来た、完璧なまでの女の子だ。
あの控えめな感じが男心を擽(くすぐ-)るというか、守ってあげたくなっちゃうっていうか……うん、麻子という彼女がいる俺が言うのもアレだけど。

「とにかくっ! 頼むよ義直っ! 俺一人だと、どうしても心許なくて……」
「え? アイツって結構お人好しだし、普通に誘えば着いてきてくれるんじゃね?」

「無理! そんなお人好しの彼女に、もしも断られたりしたら……一生立ち直れないかもしれんしっ」

修学旅行の醍醐味だな、こういうの。
実は俺も、去年の修学旅行で麻子に告白された身だし。

修学旅行を狙って告白ていうのは、在り来たりかもしれない。
けど、良いと思う。

修学旅行の時って、妙に雰囲気が違うっていうか……例えば、特に好きでもない女子が相手でも『良い』と思っちゃう時だってあるんだよな。
麻子の親友、剣崎 馨(けんざき かおる)が言うには『雰囲気の魔法』らしい。

雰囲気の魔法……そうか、俺は魔法を掛けられたのか。
けどまあ、麻子の事は普通に好きだし、この1年 付き合ってて本当に良かったとも思ってる。何が言いたいかって、つまり忍も俺達と同じように『付き合って良かった』って思えるようなカップルになって欲しいと思ってるんだ。

だから……

「頑張れよ忍! 演技なんかじゃなくて、100パーセントいつものお前で行きゃ何とかなるって!」
「100パーセント……いつもの、俺?」

「そうそう、やっぱり付き合うとしたら 普段通りのお前を好きになって貰う必要があるだろ? ていうか、そっちの方が良いじゃん」
「でも……普段の俺が嫌われてたら……??」

「バーカ、お前は普段通りが一番なんだって! 一番良いトコ見せてやらないでどうすんだよ!」
「……そっかな? ははっ、そうか!?」

俺は忍が断られる事なんて微塵も思ってない。
女子の目線から見てて、忍はどんな男か分からないけど……男の俺から見ても、良い男だと思うんだ。ホモ的な意味じゃなくて。

何に対しても熱心なコイツなら、嫌いなヤツこそ少ないんじゃないか?
俺が杉村の立場だったら、絶対OKだ。



―― さて、

バスの中は相変わらず賑やかで、全員が全員 好き勝手に忙しく動き回っていた。
担当の神崎 星子(かんざき せいこ)先生は、女子に囲まれながら一緒にトランプを楽しんでいて、バスは順調に目的地を目指す。

ちなみに神崎先生は3年間、俺達を見てくれている人で、その持ち前の明るさと面倒見の良さはクラスでも大人気。他の教師と違って青山や赤崎にも対等に接していて、教師の鏡みたいな人だ。
今もこうやって楽しんでるように見えて、次の目的地に着く10分前には的確な指示を出してくれるシッカリとした先生なのだ。

「あと10分で休憩所に着きます! トイレに行きたい人や、飲み物を買いたい人は各自 準備して下さいねー!」

生徒達は素直に返事をすると、少し余裕を持ちながら休憩所への支度を整え、先生の言った10分後には休憩所に到着した。

俺も忍と休憩所へ向かう事にした。

「……」

俺達がバスを降りる時も、やっぱり青山と赤崎は誰とも行動する事なく車内に残る様子だった。



あきゅろす。
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