百鬼草紙 面霊気 「おい、お前」 後方から声をかけられ、鵲生は声がした方へ振り向いた。 「えっと…」 振り向いた先には狐の面をした子供が立っていた。 はて、こんな子は居ただろうかと鵲生は首を傾げた。 それもそのはず。ここは辰摩がよく行く雀啼がいる店。夕暮れ。朝からここに来ていた辰摩を迎えに来て、どうせ待つのならと部屋に案内されたのだ。 遊女がいる手前。この店には禿(かむろ)という遊女を世話す少女はいるが、少年はまずいないだろう。 それでも話しかけられた手前。 「何か?」用かと目の前に居る少年に話しかけてみる。 「俺と遊べ」 返ってきた言葉は子供らしいお誘いだった。 だが、目の前の少年はともかく鵲生はこれでも辰摩の侍女という立場。主人に仕える手前、仕事をほったらかしには出来ない。 「どうしたんだ?一緒に遊ぼうぜ」 そんな鵲生の立場など知らず。少年は再び鵲生を誘ってきた。 「でも…」 「なんだよ、部屋から出たくないならここでいいだろ」どうせここには遊び道具あるんだから。 そう言って少年は鵲生の前に散らばる物を指す。 少年の言う通り、遊び道具はあった。 鵲生を可愛がる雀啼の意向か、辰摩を待つ間にと鵲生には玩具が渡されてあった。別段、今日に限った事ではなく普段からそれらはあり、辰摩もこれは容認していた。 だからか、普段一人で遊び待っていた寂しさもあってか「良いよ」と鵲生は少年からの誘いを受け入れた。 しばらく過ごした頃だろうか、少年がふと呟くように言った。 「俺、こうやって誰かと遊ぶのは久しぶりだ。母ちゃんいるけど仕事で遊んでくんないし」 そう言った少年は面を付けたままで表情を読み取ることが出来なかったが、悲しがっている事は感じることが出来た。 「それに――――」 その続きの言葉は襖の開く音で遮られた。 「鵲生」 「ご主人…」 襖をあけて部屋に踏み入ってきたのは鵲生の待ち人、辰摩だった。 「待たな。―――っと、どうやら一人遊んでいた…訳じゃないらしいな」 「えっ、あっはい」 そう辰摩に言われ鵲生は少年の方へ振り向くが… 「あれ?」 目の前で一緒に遊んでいた少年の姿はなかった。 「さっきまで居たのに…」 「差し詰め、俺が来たんで慌て隠れたんだろう」ほら、と辰摩が差す方には少年が付けていた狐の面があった。 「鵲生、それを隣の部屋にいる女に渡してこい」 「隣の部屋の方にですか?」 「あぁ、部屋には女一人だし大丈夫だ」それに面白いものが見れるぞ。 そう言い。辰摩は鵲生に面を持たせ隣の部屋まで送り出した。 「すみません」 「――――……はい?」 部屋の外から一声掛け、鵲生は女が居るという部屋へ入室した。 辰摩の言うとおり、部屋の中には女が一人居た。夕暮れ、これからが稼ぎ時。女は鏡の前に座り化粧を施していた。 「何の用だい?」 「あの、これを」と、鵲生は面を女に差し出した。 「───!!!!!」 面を目にした途端、女の表情が強張った。 「あの……」 「捨てておくれ!」女はそう叫ぶと部屋の隅まで逃げ込み出した。 余りの取り乱しように鵲生は訝しがったが、答えは女の口から出た。 「あの子は産むべき子じゃなかった」 客の男と出来た子。流すべき子だったのに何を思ったか、流すべきではないと思い止まり。腹を痛めて産んだ。 だが、どんなに可愛い我が子でも。仕事に支障をきたす邪魔者でしかなかった。 だから、 「せめてまだ子に情がある内に…」 一人でも寂しくないよう。面を与え。 傍に居たことを忘れぬよう。隣の部屋で… 「殺したのに……」 女に対し、同情とかいう感情は生まれなかった。 あるのは冷めた感情。 女の前に鵲生という少女は居なかった。 居るのは鵲生という少女の面影を残した若い女。 鵲生の躯の中にいる黒狐が表に出てきた証。 「最低だな」 そう女に言葉を放つと、黒狐は面を残し部屋を後にした。 「どうだった?」 部屋を出ると辰摩が待ち構えて言った。鵲生の人格が入れ替わっていたことなど判っていたかの様だった。 「どうも、こうも… お前判っていたな」 「面白いものが見れただろう…」 面白いものか!と、黒狐は辰摩の横をすり抜け帰るぞと言い歩みだす。 女がどうなったか何て知らない。 ただ、親子が対面したのは間違いないだろう。 面に子の魂が宿っていたのなら…… ※面霊気、長年用いた面にも霊魂が宿るという。 [前][次] [戻る] |