濡れた制服のまま授業に出るわけにもいかないので、ジャージに着替えて教室に入る。
「どこでサボってたんだ」
「…日吉には関係ないよ」
日吉に声をかけられ、思わず冷たい言葉で返してしまった。
このまま強情に彼女たちに抵抗していれば、いずれ嫌がらせの件は日吉の耳に入る。
日吉に迷惑がかかるようなことは、避けたかった。
そのためには、私がこのまま日吉から離れること。
そうすれば事態を収束できると、私はそう考えていた。
そしてその日から、私は日吉のことを避けるようになったのだ。
「七瀬」
「ごめん日吉、私先生に呼ばれてるから」
「あ、おい…!」
なるべく日吉と関わらないように。
そんなことが続いたある日、私と日吉は日直だった。
気まずい空気のまま、ひたすら無言で日誌にペンを走らせる私に、日吉は苛立ったように言葉を吐き出す。
「なんのつもりだ、七瀬」
「………」
「言いたいことがあるんじゃないのか」
「べつに、なにも」
「何もないことないだろ」
すると日吉は突然私の腕を掴むと、強い力で窓際の壁に押し付けた。
私はいきなりのことに息を呑む。
「ちょ、痛いよっ日吉…」
「不愉快なんだよ、あからさまに俺のこと避けたりして」
「それは…」
「理由を言ってみろ」
「…無理。日吉、離して」
「言うまで離さない」
日吉は見たこともない表情で私を真っすぐ見つめている。
辛そうに歪んだ日吉の顔がすぐ近くにあって、私は呼吸が止まりそうになる。
腕を締め上げられ、痛みに顔をしかめた。
その時、教室のドアがガラッと音を立てて開く。
「アカンやろ日吉。女の子にそない乱暴して」
そこには、忍足先輩がいた。テニス部のジャージを着ている。
日吉は突然の忍足先輩の出現に動揺を隠せないようで、震える声を絞り出す。
「な、なんで…アンタがここに居るんですか」
「いくら日直言うても、日吉があんまりにも遅いもんやから跡部が引きずってこいってな」
忍足先輩は、力の緩んだ日吉の腕から私をぐっと引き寄せた。
日吉の目が鋭さを増す。
「…七瀬から手を離してください」
「いっちょ前なこと言うやん。けどな、さくらちゃんを守れんかった奴にそないなこと言う資格ないで」
「は…?」
「ちょっとは頭冷やせや。乱暴なやり方は日吉らしないで」
日吉は、忍足先輩の言葉になにも言い返せないのか黙り込んでしまう。
張り詰めたような空気の中で私も口を挟める雰囲気ではなく、痛いほどの沈黙が続いた。
不意にその沈黙を日吉の静かな声が破る。
「…忍足さん、席外してもらえませんか」
日吉の言葉を聞いて、私を抱いていた腕を離し無言で教室を後にする忍足先輩。
眼鏡の奥の、その表情からは何の感情も読めなかった。
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