本鈴が鳴っても、七瀬は教室に姿を現さなかった。
直前まで忍足さんと一緒にいたのは知っているが、その後のことは知らない。
そして今は1時間目を半分すぎたところだ。
俺が知る限り、七瀬は遅刻なんてしたことがなかったし授業をサボったこともなかった。
今も二人は一緒にいるのだろうか。
脳裏に蘇る、先ほどの光景。
初めて見た七瀬の涙と、七瀬を抱き締める忍足さん。
さっきから、俺の頭の中は理由のわからない苛立ちが支配していた。
「………くそ」
教科担当の教師の話も耳に入らず、俺は隣の席に目をやる。
七瀬が座っていれば騒がしいその席だが、今は寂しげにそこにあるだけだった。
1時間目が終わった業間休みに七瀬は姿を現した。
しかし、制服ではなくなぜか学校指定のジャージを着ている。
「どこでサボってたんだ」
「…日吉には関係ないよ」
てっきり、いつものようにふざけた声が返ってくると思っていた俺は、七瀬らしくない返答に少なからず戸惑う。
その態度はまるで俺と話すことを避けるかのようで、それ以上突っ込んで聞くこともできなかった。
そしてその日から、七瀬は俺を避けるようになっていた。
昼休みになれば、教室の隅で一人で黙々と弁当を食べているし、委員会のときも、必要最低限の会話しか交わさない。
「七瀬」
「ごめん日吉、私先生に呼ばれてるから」
「あ、おい…!」
手の平を返したような態度のわけを問い詰めようとすれば、そうやって逃げられる。
そのくせ、思い詰めたような顔でときどきこっちを見ていることが何度もあった。
一体なんなんだ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう。
俺の中の苛立ちも増すばかりだった。
そんなことが続いたある日、運がいいのか悪いのか俺と七瀬に日直が回ってきて、放課後の教室には二人だけだった。
しかし相変わらずだんまりで日誌にペンを走らせている七瀬に、俺はとうとう苛立ちをぶつける。
「なんのつもりだ、七瀬」
「………」
「言いたいことがあるんじゃないのか」
「べつに、なにも」
「何もないことないだろ」
突っぱねるような態度にいらついて七瀬の腕を掴み、逃げられないように窓際の壁に強く押し付ける。
「ちょ、痛いよっ日吉…」
「不愉快なんだよ、あからさまに俺のこと避けたりして」
「それは…」
「理由を言ってみろ」
「…無理。日吉、離して」
「言うまで離さない」
ギリ、と掴んだ腕を締め上げると七瀬は眉間にシワを寄せて顔を歪ませた。
その時、教室のドアがガラッと音を立てて開く。
「アカンやろ日吉。女の子にそない乱暴して」
ジャージ姿の忍足さんがそこにいた。
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