Distance





あれから数日。
私と日吉は、よく昼食を一緒にするようになった。


「日吉!今日は肉じゃが作ってきたよ。味見してみて」

「…ああ」


お弁当も、いつもより早起きして色々なおかずを作るようになり、日吉に評価してもらう。
いつの間にか、それが日常になっていた。


「甘いな。砂糖多めに入れただろ」

「うーん、そうかも。今度は少なめにしてみようかな」

「それがお前の好みだからいいんじゃないのか」


この時間が私にとってとても心地好い。
最初は無愛想だった日吉も自分の話をしてくれるようになって、なんとなく、打ち解けてきた気がしていた。


「…ん?」


教室に戻ると、机の中にメモが入っているのに気づいた。
真っ白な用紙に罫線が入っているだけの普通のメモに、崩れた字が踊っている。


「放課後、美術室隣の空き教室にて待つ。なんか果たし状みたいだなぁ」


差出人らしき名前は見当たらない。
とりあえず、放課後にその空き教室に行ってみることにした。

















「失礼しまーす…」


放課後。恐る恐る扉を開けて空き教室の中に入る。


「来たわね。アンタに話があるの。入りなさい」


見覚えのない、目の周りを真っ黒に化粧で塗り潰した女生徒が3人。
本能と言うべきか、身体が警鐘を鳴らした。


「アンタ、最近日吉くんにまとわり付いてるじゃない?」

「同じ委員会だからって、日吉くんに気安く近づかないでよね」

「アンタなんかが日吉くんと釣り合うとでも思ってんの?」


まるでよく作られた漫画のようなお決まりの台詞。
つまり彼女らは、日吉のファンなのだ。

日吉は、氷帝学園が誇る男子テニス部の次期部長候補だ。
テニス部にはファンクラブもあったりして、試合のときはさながらアイドルのように黄色い声援が飛ぶほどである。

そんな日吉のファンにとって、私のような存在はお邪魔虫なのだろう。


「最初っから目障りだったのよ、アンタ」

「痛い目を見たくなかったら今後一切、日吉くんに近づかないって約束しなさい」

「そんな約束できない。日吉は友達だよ。友達に話しかけることがなんでいけないの」


理不尽な物言いに思わず反論したその瞬間、腹部に激痛が走った。
蹴られたとわかったのは、床に倒れた私を見下ろす彼女を見たとき。
彼女は怒りで顔を真っ赤にしていた。


「…っ、げほ」

「ブスのくせに生意気!」

「おとなしく頷いてれば良かったのに…」


続いて彼女の手が振り上げられ、殴られることを覚悟して思わず目をつぶった。


「自分ら、何しとるん?」


突然聞こえた、男の声に彼女たちはビクリ、と肩を震わせて男の姿を認めると慌てて手を下ろした。


「あ…っ」

「忍足、先輩…!」


どうやら3年生の先輩が入ってきていたらしい。
怒ると怖い先輩なのだろうか、彼女たちは顔色を変え、怯えたようにたちまち教室から逃げ去った。


「お嬢ちゃん、大丈夫かいな」

「えっ…あ、はい…」


差し出された手を思わずとると、腕を引き上げて立たされる。
腹部にはまだ鈍く痛みが残っていた。


「ありがとうございます…えっと…」

「なんや、俺のこと知らんのか?」

「え?」

「学園では結構名前が知られとると思とったんやけど…まあええわ。
俺は3年の忍足侑士や、よろしゅう」


忍足侑士。どこかで聞いたことのある名前に私は記憶を辿る。


「あ!テニス部の…」


友達がファンだと言っているのを聞いたことがあった。


「せや。お嬢ちゃんの名前は?」

「2年F組の七瀬さくらです」

「さくらちゃんな。
あの子ら、前にも女の子に嫌がらせして転校させたことがあってん。
ファンの中にはけっこう過激な子もおるから、気ぃつけてな。
まあ、また困ったことがあったら声かけてや」


忍足先輩はそういって教室をあとにする。

まさか、噂のテニス部No.2である忍足先輩に助けられるだなんて。
色々ありすぎて頭が混乱しそうだ。
私はまだ少し痛むお腹をさすりながら再びその場に座り込んだ。






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