昼休み、委員会の集合時間までは余裕があったので静かな場所で弁当を食べようと俺は屋上へ向かった。
屋上はいつも人気がまったくないため、一人になりたいときによく足を運ぶ。
だが、今日は珍しく先客がいた。
「…あれ、日吉じゃん」
「なんだ、お前か」
「私で悪かったね。テニス部の先輩とかだとでも思った?」
少し気を悪くしたように唇を尖らせる七瀬。
どうせ冗談の演技なのだろうが、ため息と共に一応言葉を入れておく。
「悪かったよ、別に深い意味はないからな」
そう言って七瀬から少し離れた場所に腰を下ろした。
「え、なにその距離感。せっかくだから一緒に食べようよ」
「…やたらめったら馴れ合うのは好きじゃないんだよ」
「ごはんは誰かと一緒に食べた方が美味しいよ?」
ずるずると弁当ごと俺の隣に腰をずらし、ニコッと…いや、ニヤッと笑う七瀬。
どうあっても一緒に食べる気らしい。
わざわざ場所を移動するのも面倒だったし、たまには誰かが近くにいても悪くはないだろうと思いそのまま俺も弁当に手をつけた。
「日吉のお弁当、綺麗だね。やっぱりお母さんが作ってくれるの?」
「まあな」
「いいなぁ。私のお母さん、忙しくてお弁当作れないから自分で作らないといけないんだよ」
「…その弁当、自作なのか」
「卵焼きとチキンライスだけね。あとは冷凍食品とかお惣菜。朝は時間ないし」
七瀬に料理ができるなんて意外だった。
もちろん、俺からは尋ねないし七瀬も自分から言ったりはしないから、七瀬の特技なんて俺が知るはずもない。
だが、俺の知る七瀬はがさつで物ぐさな性格だった。料理などまったく縁がなさそうである。
弁当箱に綺麗に陳列した小金色の卵焼き。
見た目から分かる。料理はかなり場数を踏んでいそうだった。
「…くれ」
「え?」
「卵焼き、味見してやる」
「え…あ、うん、いいよ」
七瀬は、突然の俺の言葉に面食らったようだった。
はい、と差し出されたピンク色の弁当箱から卵焼きを箸でつまみ上げる。
綺麗に巻かれた切り口だった。
それ以外、とくに何も考えずに口に入れる。
「…どう?」
七瀬が恐る恐る聞いてきた。
自分でも食べたんじゃないのか、とも思ったが、他人の評価も気になるところなのだろうか。
「べつに、まあまあじゃないのか」
「ほ、ほんと…?」
「嘘」
「えっ」
「……いや、美味い」
これは嘘じゃない。
甘みが抑えてあってかなり好みの味付けだった。
七瀬の不安そうな表情を見て、つい本音が出てしまい、顔が熱くなるのを感じる。
「一応、料理部だしね。…ねえ、日吉のもちょーだい」
「俺が作ったわけじゃないぞ」
「いいの。日吉がいつも食べてるのってどんなのかなーって」
抵抗するのも面倒で、おとなしく卵焼きを一切れくれてやった。
俺にとっては甘すぎる卵焼きを、甘ーい、美味しいー、なんて幸せそうに頬張りがら顔を崩す七瀬を見て少し頬が緩む。
そうか、こいつは料理部だったのか。どうりで料理ができるわけだ。
最初はやたら話し掛けてきて鬱陶しい奴、としか思っていなかった。
なのに、いつのまにかこいつの隣にいるのが心地好くて。
くだらない日常的な会話に素っ気なくも相槌をうちながら頭上を仰ぐ。
今日の屋上はいつもより空が綺麗に見えた。
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