Distance





朝の教室は騒がしく、この独特の雰囲気に俺は顔をしかめながら昨日まで座っていた席の二つ後ろに鞄を置く。

昨日は、月に一度の席替えの日だった。
窓側から二番目の後ろから三番目という、良くもなく悪くもない席で、シンプルな布のカバーをかけた文庫本を開く。

部活の朝練が終わってからホームルームが始まるまでの20分間は毎日こうやって過ごしている。
何度席替えをしても、この日課だけは変わらなかった。


「おはよう、日吉」

「…ああ」


左隣の席から声をかけられ、意識の半分は本に向け、残り半分で適当な返事をする。
昨日の席替えで隣になったのは、同じ報道委員会に所属している七瀬だった。

このクラスの報道委員は俺と彼女の二人だけ。
だから必然的に彼女とは、他のクラスメイトよりも話す機会が多かった。


「日吉っていつも本読んでるけど、何の本?」

「………」


できれば聞いてほしくないことをピンポイントで突いてきた七瀬に若干苛立ちを覚えるが、七瀬はたぶん知ってて聞いている。


「ねえ日吉、ねえってば」

「うるさいな。知ってるんだろ、わざわざ聞いてくるな」

「いいじゃん、日吉のケチ」

「ケチで結構だから邪魔をしないでくれ」


日常茶飯事の会話にため息をついた。
いつもはそこで、アイツがつまらなそうに話しかけてくるのをやめるのだが、今日は違った。


「日吉さ、今日臨時の委員会があるの知らないでしょ」

「…あるのか?」


ようやく俺は本を閉じて七瀬の方に顔を向けた。


「っ…う、わ!」

「な、なんだよ」


すぐそばに七瀬の顔があった。
俺が動揺で声を上げるより先にアイツの方が叫びながら飛びのく。


「びっくりした。急にこっち向くから」

「それはこっちの台詞だ。顔近づきすぎだろ、危うくキスするところだったぞ」


すると七瀬は効果音でもつきそうな勢いで顔を真っ赤にした。


「ふざけたこと言わないでよ日吉の馬鹿!と、とにかく報道委員は、昼休みに視聴覚室だからね」


用件を吐き捨てるように言うと顔を赤くしたまま、厠にでも行くのだろうか教室を出ていく七瀬。

そのあと教科書を借りに来た鳳に指摘されて、俺も顔が赤くなっていたことに気づくのはまた別の話だ。








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