「ありがとう、じゃあな」
「…うん」
駅に着いて、俺たちは言葉少なに別れた。
この雨では歩いて帰れそうになかったので、兄に連絡をして、車で迎えに来てもらう。
久しぶりに休日に外出して気疲れしたのか、俺は珍しく車の中で眠ってしまっていた。
月曜日、朝練を終えて部室で着替えていると向日さんが絡んできた。
「日吉ー、お前彼女できたんだって?」
「は?」
「ユーシに聞いたぜ、土曜日デートしてたんだろ」
土曜日と言えば、七瀬と映画を見に行った日だ。
それを、運悪く忍足さんに見られていたらしい。
―――運悪く…?いや、まさか。
「っ、忍足さん!」
「そないに怖い顔せんと、別に尾けてたワケやないで…たまたま見かけたんや。
さくらちゃんと一緒やったやろ?上手いこと仲直りしたみたいやんか」
「…七瀬とはそんなんじゃないです。
変な勘違いしないでもらえませんかね、忍足さん」
「さよか。つまり、まだお前の片想いっちゅーことやんな」
「なんでそうなるんですか…!俺は別に…」
「気づいてへんのか?」
反論しようとすれば、この人が持つ独特の妙に甘ったるい声に言葉を遮られる。
俺はネクタイに手をかけながら忍足さんを睨みつけた。
「昨日の日吉、俺らとおるときと違うてごっつ甘い顔しとったで」
ネクタイを結ぶ手が止まる。
甘い顔ってなんだ。俺はそんな変な顔なんてしていない。
忍足さんは何を言っている…?
「気持ち悪いこと言わないでください。
デートでもありませんし、俺が七瀬を好きなわけでもありません」
「でもさくらちゃんは満更でもなさそうやったで」
「…言っている意味がわかりませんね。お先に失礼します」
俺が七瀬を何だって…?ありえないだろ。
テニスで忙しいんだ、俺は。恋愛などしている暇もない。
教室に入ると真っ先に七瀬の姿が目に入る。
先程までの俺たちの会話など知るはずもなく、呑気そうにあくびなんてしていた。
「日吉!おはよう」
机にカバンを置くと同時に、さくらが左隣から声をかけてきた。
"お前の片想いっちゅーことやな"
ドキリ。忍足さんの言葉を思い出して心臓が大きく動いた。まったく、あの人が余計なことを言ってくれたせいだ。
こいつを好き?誰が?
馬鹿も休み休み言ってほしい。
チラリと左隣を見遣ると、土曜日の雰囲気なんてなかったように晴れ晴れとした表情でこちらを見ている。
この間のしおらしい態度はどこに行ったんだ。
「…ああ」
「日吉もテンション低いねー、月曜日ってやっぱり休み明けだからね。
私もなんか調子でなくてさ」
調子出てない奴がそんなに元気なわけないだろ。
そっぽを向いたままそう返すと、あはは、と笑い声が返ってきた。
「元気だけが私の取り柄だからね」
大人しい七瀬の方が静かでいいのだろうが、こいつはこうでなければこいつらしくないな。
俺も釣られて口角が上がりそうになり、慌てて口元を手で押さえた。
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