Distance
14



ゆっくりと客席灯が点いた。
上映の終わった映画館は、感想を述べ合う声でざわめいていく。


「…おい、大丈夫か?七瀬」

「………大丈夫、大丈夫」


日吉の問いに、私は消え入りそうな声で返すのが精一杯だった。
評判がいい映画だけあって、私にはインパクトが強すぎたようだ。
今晩、夢に出るかもしれない…。


「ほら、立てるか?無理矢理付き合わせて悪かったな」


くい、と握ったままの手を軽く引き上げる日吉。
私もいつまでも座り込んでいるわけにも行かないので慌てて立ち上がる。
その勢いで、体がふらついてしまった。


「わっ」

「っと…危なっかしいな、気をつけろよ」

「あ、ありがと…」


転ぶ寸前で日吉に抱き留められた。
突然近くなった距離に心拍数が上がる。

なに、これ。
体が熱くて、まるで全身の血液がすごい勢いで巡っているかのようだった。


「早く出るぞ」

「あ…う、うん…」


今日の私はやっぱり少しおかしい。
日吉なんかにドキドキしたりして…きっとホラー映画を観たせいだ。


「あの、さ…日吉」

「なんだよ?」

「手を…」

「手?」

「えっと、離して…くれる?」


映画館のロビーを行き来する人たちが、すれ違い様に私たちの手元にチラリと目線を向けているのを感じて、また顔に熱が集まる。
日吉もそれに気づいたのか、顔を赤く染めてぱっと手を離した。


「わ、悪い…」

「ううん…その、あ、ありがとね」

「え?」

「日吉が手を握っててくれたおかげで、そんなに怖くなかったからさ」


右手から伝わる日吉の体温が、私の恐怖心を和らげてくれたのだ。


「それに、確かに怖かったけどストーリーとか、内容自体は良かったし。
私が今まで見たホラー映画とちょっと違うなって思った」

「ああ、ホラーは怖がらせることばかり優先して、ストーリーを理解させることを二の次にしているものもあるからな」


ぎこちなかった空気が、いつもの穏やかなものに変わる。
隣に日吉がいて、特別じゃない会話が心地好くて。

そんな、いつもと同じ空気に戻った。


「もう5時半か…そろそろ日も暮れる頃だし帰るか」

「…そだね」


映画館が入っているショッピングセンターを出ると、雨が降っていた。
土砂降りとまではいかないが、大粒の雫が地面の水溜まりに細かい模様を作っている。
そういえば、と家を出る時は雨雲が空を覆っていたことを思い出す。
折りたたみ傘を持ってきて正解だったようだ。


「雨…そういえばさっきから雲行きが怪しかったな」


隣で日吉が恨めしげにつぶやく。


「日吉、傘は?」

「生憎持ってない。駅まで走れば大丈夫だろ」

「私、持ってるよ。入ってく?」

「はっ…!?」


一瞬のうちに日吉の顔が赤く染まる。
その反応を見て、私は二人で一つの傘に入ることがどういう状態になるのか気づいてしまった。
日吉につられたわけではないが、なんとなく恥ずかしくなって目が泳いでしまう。
しかし、口に出してしまったものは仕方ない。
どっちみち、走って駅まで帰ったとしても、服から水が絞れるくらいには濡れてしまうことを覚悟しなければならないだろう。


「あー、その、濡れて帰りたいなら別にいいんだけど。
スポーツ選手が風邪を引くのはよくないんじゃないかなぁ」

「…その言い方は卑怯じゃないか?」


結局、日吉は顔をうっすら赤くしたまま、小さく「入れてくれ」と言った。

二人で小さな折りたたみ傘を分け合って駅まで歩く。
お互いの間には気恥ずかしさだけが漂っていて、駅につき再び傘を畳むまでは言葉を交わすこともなかった。






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