照明がゆっくり落ちて劇場内が暗くなる。
それと同時に、映画のプロローグが始まった。
ホラー映画にありがちな、恐怖を誘うよう作られた音楽が控えめに聞こえだし、それは徐々に音量が上がっていく。
不意に、右腕に微かな質量を感じた。
顔を傾けて少し右を見遣ると、眉間にシワを寄せ緊張したような面持ちでスクリーンを見つめる七瀬が目に入る。
質量の正体は、俺の服の袖をきつく握っている七瀬の手だった。
そのことを認識した途端に鼓動が早まる。
今更、七瀬相手に緊張なんてするわけがない。
なのに、なぜか心臓の音がいつもより煩い。
ああ、まったく。
こいつのせいで、俺はいつも調子を狂わされるんだ。
「おい、七瀬」
「………なに」
「手を離せ、映画に集中できないだろ」
「…ご、めん」
ぱっ、と弱々しく離された手は震えていた。
隣にいるこいつは、一体誰だ…?
普段の煩さはどこへ行ったか、先程までの強がりすら影をひそめている。
映画館に入ってからのこいつは、俺の知る七瀬さくらとまるで別人のようだった。
そこまでホラー映画が苦手なのだろうか。
しかし、そんないつもと違う七瀬に対して庇護心が生まれたのも、また確かだった。
「……ほら」
「…え…」
「手、出せ。握っててやるって言っただろ」
とん、と指先で七瀬の手に触れると、七瀬はきゅっと俺の手を握ってくる。
その手は緊張のせいか汗で濡れていて、また鼓動が早まった。
「日吉、手汗すごいんだけど」
「…お前もな」
「…………」
「怖いのか?」
「…うん、怖い。でも、日吉がいるから…ちょっとだけマシ」
「そうかよ」
映画のシーンが変わり、徐々に明るさを帯びてくるスクリーン。
照らされた顔が赤くなっているのを悟られないように、そっけなく返して映画に集中している振りをした。
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