Distance
13




照明がゆっくり落ちて劇場内が暗くなる。

それと同時に、映画のプロローグが始まった。
ホラー映画にありがちな、恐怖を誘うよう作られた音楽が控えめに聞こえだし、それは徐々に音量が上がっていく。

不意に、右腕に微かな質量を感じた。
顔を傾けて少し右を見遣ると、眉間にシワを寄せ緊張したような面持ちでスクリーンを見つめる七瀬が目に入る。

質量の正体は、俺の服の袖をきつく握っている七瀬の手だった。
そのことを認識した途端に鼓動が早まる。

今更、七瀬相手に緊張なんてするわけがない。
なのに、なぜか心臓の音がいつもより煩い。

ああ、まったく。
こいつのせいで、俺はいつも調子を狂わされるんだ。


「おい、七瀬」

「………なに」

「手を離せ、映画に集中できないだろ」

「…ご、めん」


ぱっ、と弱々しく離された手は震えていた。


隣にいるこいつは、一体誰だ…?
普段の煩さはどこへ行ったか、先程までの強がりすら影をひそめている。
映画館に入ってからのこいつは、俺の知る七瀬さくらとまるで別人のようだった。
そこまでホラー映画が苦手なのだろうか。

しかし、そんないつもと違う七瀬に対して庇護心が生まれたのも、また確かだった。


「……ほら」

「…え…」

「手、出せ。握っててやるって言っただろ」


とん、と指先で七瀬の手に触れると、七瀬はきゅっと俺の手を握ってくる。
その手は緊張のせいか汗で濡れていて、また鼓動が早まった。


「日吉、手汗すごいんだけど」

「…お前もな」

「…………」

「怖いのか?」

「…うん、怖い。でも、日吉がいるから…ちょっとだけマシ」

「そうかよ」


映画のシーンが変わり、徐々に明るさを帯びてくるスクリーン。
照らされた顔が赤くなっているのを悟られないように、そっけなく返して映画に集中している振りをした。








[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!