どうしたんだ、私の心臓。落ち着け、静まれ。
先程の日吉の言葉に自分でもわかるくらい顔が熱くなっていて、恐らく真っ赤になっているのだろう。
日吉も私につられたのか、心なしか顔が赤くて、それが余計に私の心臓を高鳴らせた。
水の入ったコップに結露した水滴が伝う。
少し前に運ばれてきたパフェのアイスクリームは溶けかかっていた。
「あのさ、日吉…」
「な、なんだよ」
「とりあえず、たべよっか」
聞こえるわけないのに、いつもより早くなった心臓の音を聞かれてしまうような気がして、声だけでも平静を装う。
日吉は我に返ったようにコップの水に口をつけるとああ、そうだなと少し戸惑ったように言った。
正直、この時のパフェの味はよく覚えていない。
上映時間の15分前に劇場に向かうと、評判の良い映画なのは本当のようで、席は半分が埋まっている。
日吉はあらかじめチケットを買っていたらしく、チケット代を払おうとしたらいい、と拒否されてしまった。
「俺が見たくて誘ったんだしな」
そう言った日吉が男前に見えて、なんとなく、なんとなくだが日吉を好きになる子の気持ちがわかる気がした。
日吉はぶっきらぼうに見えて、相手のことはきちんと考えている。
よくファンの子たちが「日吉くんって日本男児だよね」と言うのを聞くけど、日本男児というよりは、大和撫子と形容する方が相応しいような気がした。
日吉は男だけれども。
「日吉ってモテそうだよね」
「…ふん…くだらないな」
「くだらないってなにさ」
「何人の女に好かれても、好きな女に好かれなかったら意味がないだろ」
意外と日吉も色恋に興味を示すんだと言ったら怒るだろうか。
けれども、日吉がそんな考え方をしていることに少なからず驚いた。
どうやらモテる自覚はあるらしい。憎たらしいことに。
「もしかして、日吉って好きな女の子いるの?」
「……さあな」
さあな、って何。
間を置いて返ってきた返事に釈然としなくてもう一度口を開こうとしたとき、劇場の照明がゆっくり落ちて、日吉はスクリーンの方を向いてしまう。
流れてきたおどろおどろしい音楽に緊張で背中が強張って、私は日吉の服を遠慮がちに掴んだ。
私はそこで初めて気づいた。
日吉と会話をしていたおかげで、映画が始まるまでの間、緊張を忘れることができていたということに。
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