Distance






忍足さんが出ていった後、俺は改めて七瀬に向き直る。
七瀬はすっかり下を向いてしまい、唇を強く噛み締めていた。

悔しいが、忍足さんの言う通りだ。こんなふうに、感情的になるのは俺らしくない。


「…七瀬」

「な、なに…?」

「俺を避けてた理由を教えてくれ」


真っすぐに七瀬の目を見つめて真剣に問うた。
傾きかけた夕日のオレンジが差し込む静かな教室には、遠くから聞こえる運動部の掛け声が響く。

俺は冷静になったことで、七瀬のことなどなにも考えずにただ焦りと苛立ちから、八つ当たりに近い形で暴力に訴えたことを反省した。

しかし、それでも七瀬は口を開くことを躊躇してなかなか言葉を紡ごうとしない。

「……それ、は……」

「最初は…正直言って、話しかけてくるお前を鬱陶しいと感じることもあったが、最近ではお前とつるむのも悪くないと思ってたんだ。
急に俺のことを避けるようになって、その…嫌われのたかと思って焦った」

「そんなことない!日吉のことはずっと…友達だと思ってるよ」

「…じゃあ、なんで俺を避けてたんだよ」


少し語尾を強めて言うと俺の剣幕に圧されたのか、七瀬はようやくぽつぽつと言葉を絞り出す。
その様子は、普段の煩いほど元気な七瀬の姿を微塵も感じさせないくらいにしおらしくて、彼女がいつもより小さく見えた。


「日吉の――テニス部のファンの人達が、日吉に近づくな、って…」

「は…?」

「も、もちろん最初は断ったよ。でも、それから嫌がらせみたいなことをされるようになって…。
日吉に知られるのが嫌だったんだ…日吉に迷惑がかかると思って」


俺は七瀬の告白に予想以上の衝撃を受けていた。
嫌われたわけではないことに、まず安堵を覚える。
そして、忍足さんと七瀬が一緒にいたわけも、七瀬が泣いていた理由にもすべて合点がいった。


「…悪かった」

「えっ」

「俺に原因があったのに、何も気づかなくてお前に勝手に当たって悪かったな」

「い、いや日吉に原因があったわけじゃなくて、私が日吉にしつこくちょっかいかけてたからファンの人達の目に余ったんだとおもうし…
その、今更だけどさ…迷惑だったよね。ごめん」


迷惑なんかじゃない。
確かに最初は鬱陶しいとも思っていたが、今では七瀬の存在が日常の一部になりつつあり、その日常が心地よくすら思えるのだ。


「お前、言ったよな?俺は友達だって」

「え?う、うん」

「俺も、お前のこと…その、友達だと思ってるから、な…友達が声をかけてくることを迷惑に思ったりなんかしないだろ」


友達。
自分で言っておきながら、なぜか俺はその言葉に違和感のような蟠りを感じずにいられなかった。
けれど、七瀬の安堵したように柔らかく笑う顔を見たら、その違和感もささいなことに思えて俺も七瀬につられるように口の端を上げた。


「だから、これからは何かあったら俺に相談しろ」


けれど、俺がその感情の本当の意味と、違和感の理由に気づくのは、そう遠くないことになる。







[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!