8.もう一度、笑顔を見たい



空野くんが現世に行ってしまってからというもの、市丸隊長はますます仕事をしなくなった。
おかげで書類は久しぶりに山になっている。


「さくらがおらんと、やる気出へんわ」


なんて言って。元々、仕事なんかしない癖に…
空野くんの補佐あって初めて、隊長のデスクワークは捗るらしい。
僕の代わりに隊長をうまく動かして書類の処理をさせている彼女の苦労が忍ばれた。

不意に、パリン、と大きな音がして僕は振り返った。
空野くんの愛用していた湯のみが割れている。
棚から落ちたのか…僕は溜め息混じりに破片を片付け始めた。
その時、伝令神機が鳴った。空野くんかと思ったが、画面に表示されていたのは、斑目くんの名前。


「三番隊副隊長吉良イヅ…」

「吉良副隊長!すぐに来てください!」

「どうかしたのかい?」

「さくらが…!」


名乗ることすら忘れるくらい斑目くんの切羽詰まった声と、そこから紡がれる彼女の名前に、僕は心臓が止まるかと思った。
市丸隊長には緊急の任務だと言って隊舎を飛び出す。

―――やはり命令とはいえ、実戦経験も浅く戦闘向きでない空野くんを討伐任務に充てたのは間違いだった…
どうか無事でいてくれ…!










現世につけば、すぐに斑目くんが僕の所へやってきた。


「幸い、管轄の死神が回道を会得していたため鬼道による治療と、オレの血止め薬で命は取り留めました…
けど、意識が戻らなくて…虚はさっき倒した所っす」

「そうか…ありがとう。空野くんは今どこに?」


斑目くんが指差した先は河川敷の草むら。そこには、青白い顔で横たわる空野くんがいた。
斬魄刀を握りしめていたであろう手のひらには血が滲んでいる。


「空野くん…」


僕は傍に駆け寄り、そっと名前を呼んだ。
生気のないその肌は、まるで陶器のように白い。

僕はずっと、彼女が好きだった。

彼女は霊術院の後輩だった。引率者として彼女のいる特進クラスの実習を受け持っていた頃から、飾らない笑顔と無垢な心にひどく惹かれた。
けれど彼女は、市丸隊長の想い人。恐らく、彼女の方も…
だから、誰にもその思いを打ち明けられなかった。

今回の任務だって、療養中の三席の代わりにと空野くんを推したのは僕だ。
僕はこれ以上、彼女が市丸隊長と一緒にいる所を見たくなかったのだろう。
そんなの、空野くんを見殺しにしたのと一緒だ。僕は、最低だ。
どうか…どうか目を覚ましてくれ…!


その時、空野くんが身じろぎをした。


「…あれ…私…?」

「空野くん!良かった…気がついて」


しかし、彼女は僕の姿を認めると、奇妙な目を向けた。
まるで知らない人を見るような瞳に戸惑う。
続いた言葉に、僕は絶望した。


「あなた…誰?」


「―――!!」



(神様、これは僕への罰なのでしょうか)




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