18どうかお側に
ついに、聞いてしまった。
失礼なのは百も承知だが、無理矢理聞き出そうとしたのは市丸さん、いや、市丸隊長だ。
ドキン、ドキンと心臓の音が身体中に鳴り響いている。
掴まれた手首は熱を持っていた。
「誰や、そんなこと言うたの」
「た、隊士の方たちが…」
そういうと、隊長はぴくりと眉を動かす。
記憶がないとはいえ、身体を売って高位を手に入れるということがどういうことか私にもわかる。
これで、私はもう隊長やイヅルさんのお側にはいられなくなるのだろう。
最悪、死神ですらなくなってしまうかもしれない。
そう考える頭は冷静だった。
「………………」
市丸隊長は私の手首を掴んだまま言葉を発しようとはしない。沈黙が痛い。
この沈黙は何を意味しているのだろうか。
死神としての記憶がない今の私には死神の仕事はできない。なら、隊長が私に望むとするならば。
「そ、その、私、記憶がなくても隊長たちのお相手はできると思います。以前と同じように扱って頂ければ精一杯務めさせていただきます。
席次なんてなくても構いません、死神としてお役に立つことはできないかもしれませんが、雑用でもなんでもします。
なので、どうかお側に───……っ!?」
突然、体が強い力で引っ張られる。目に溜まっていた涙が拍子に零れ落ちた。
何が起きたのか理解する頃には、私はすっかり市丸隊長の長い腕に包み込まれていた。
「アホやなぁ、さくらは、ホンマ」
「い、い、ちまる、さ、たいちょ」
「そないな熱烈な告白、記憶が戻ってから言うて欲しいわ」
どういうこと?なんでこの人が私を…抱き締めてるの?
頭のなかが疑問で埋め尽くされる。
軽く市丸隊長の胸を押して抵抗の意を示すと、その力はさらに強くなった。
「心外やなぁ、ボクはちゃんと公正に実力で席官を配置してるんやけど」
「あ……いえ、そのようなつもりでは…」
キミのすごさは人から見えにくいところにあるんや、だから分かる人にしかわからんやろね、と市丸隊長は含み笑いをもらす。
ずっと疑問だった。記憶が戻らないまま職務に復帰して、三番隊所属の隊士たちの言葉は嫌でも耳に入ってきた。
空野さくらの席次は実力に見合っていない。
自分の方が四席に相応しい。
なぜあのような者が副官補佐なのか。
自分でもそう思っていた。以前の私がどうだったか、人から聞いた話でしか知ることはできないが、今の私は少なくとも席官に就けるほどの力は持っていない。
死神としての戦い方を何一つ覚えていないのだから。
それなのになぜ、市丸隊長は私を特席などという位置付けにしてでも三番隊に残してくれたのだろう。
「信じとるんや、キミが戻ってくるんを」
「なぜ、そこまで私のことを…」
「なんでやろな?キミが一番よく知ってるはずや」
疑問を口にすると、返ってきた言葉はさらに疑問が残るもので。
そこでふと思い出す。この人は先ほどまで怒っていらしたはずでは。
「あの、市丸さん…もう怒ってないんですか?」
「ん?あぁ、あれな。嘘」
「嘘?」
「あのまんまやとさくら、なんも話してくれなさそうやったし。
ちょっと怒った振りしてみたんや」
思わぬ言葉に思わず瞬きを繰り返すと、私を抱き締めていた腕が離れ、クスクスという笑い声が聞こえた。
思わず目の前の顔を見上げれば、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。
「なあさくら、キミが忘れてもうたなら、ボクはなんぼでも言うたる。
ボクがキミを選んだんや、自信持ち」
「───!!」
その言葉と、数日前、イヅルさんから言われた言葉が重なる。その瞬間だった。
頭の中に何かが流れ込んでくるような感覚に襲われた。
まるで肺ではなく脳で深呼吸をしているようで、思わず顔を両手で覆った。
「さくら…?」
「いちまる、さ……っ、からだ、くるし…」
急に様子が変わった私を不審に思ったのか市丸さん
が両肩を掴む。
頭に感覚が集中しすぎて、全身が空っぽになった気分だ。
立っていられなくなるほどの目眩に襲われて意識が遠のいた。
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