14.あなたが見えない

どうして、こうなってしまったのだろう。
ふと身体に痛みを感じて目を覚ますと、私は自分の名前も、何もかも思い出せなくなっていた。
私が目を覚ましたとき、側にいたのは私の上司らしい吉良イヅルという人だった。
イヅルさんは、私の名前や、私が死神であること、大怪我をして記憶を失ってしまったことなどを教えてくれた。


「詳しく調べてみないと解りませんが…やはり、大怪我によるショックが原因だと思います。
記憶喪失という症状がこれまで前例の無かったことですから…どうにも対処法が」

「自然に思い出すのを待つしかないということですか…?」

「そもそも記憶が戻るという保証もありません。残念ながら」


お見舞いに来てくれた私と仲が良かったらしい人たちは、私が記憶喪失ということを聞いてひどく悲しそうな顔をした。
その顔を見るたび、私は心が痛んだ。


「ギン。市丸ギンや」


イヅルさんや私の上司である市丸さん。市丸さんは、私のところに足しげくお見舞いに来てくれた。
私が所属していた三番隊という部隊で一番高位であるのが隊長という役職。
そんな隊長にそこまで気にかけてもらえる理由がわからなかった。それでも、


「あんみつ食べに行こな」


そう言ってくれたのがとても嬉しくて、胸が暖かくなる。
上司だから、病み上がりの部下に優しくしてくれているのかもしれないけれど、それでも構わなかった。
彼との思い出がないことが寂しいと思った。

市丸さんとイヅルさんが強く推してくれたおかげで、私は三番隊に残ることができた。
その恩に報いたいと、強く思っていた。
それなのに、どうして、こうなってしまったのだろう。


「足手まといの死に損ないがいつまで席官気取りで居座ってるんだ?」

「はやく三番隊から出ていけよ」

「お前、市丸隊長や吉良副隊長に身体売って席官についたんだってな?」


矢継ぎ早に浴びせかけられる言葉たち。
足手まといなのは自覚している。任務に出てケガをしたということはイヅルさんに聞いていた。
けれど、隊長や副隊長に身体を売って以前の地位にいたというのが事実だとしたら…記憶をなくした私はもう市丸さんやイヅルさんにとってなんの益もない存在なのだろうか。


「なら、俺達にも同じことしてみろよ」

「得意だろ?」


そこから先は何も考えられない、否、考えるのを放棄した。抵抗は無意味だった。
男たちの手が身体を這い回り、黒い着物は切り裂かれ、殴られ蹴られた。


「これ以上ひどい目に遭いたくなかったらさっさと死神を辞めろ。
誰かに言ったらこの写真ばらまくからな」


その言葉を最後に、度重なる身体への負担に耐えきれず意識を失った。
次に目が覚めたのは隊舎だった。ボロボロの私を運んでくれたのはイヅルさん。
本当はこんなみっともない姿を、見られたくはなかった。
それと同時に、あの人たちの言葉が甦る。けれど、それをイヅルさんに直接確かめる勇気はなかった。


「記憶も戻らないし、仕事もできない…そんな私がここにいさせてもらってること自体が図々しいんです…」

「そんなことないよ。キミは記憶を無くしてもなお僕たちを全力でサポートしてくれているし、とても助かっている。
僕と市丸隊長が、キミを特席として残して欲しいと言ったんだ。自信もっていいよ」


―――……が……を選んだ……、自信持……


その言葉を私は知っている。大好きな人が私にくれた、大切な言葉だった気がする。
どうして思い出せないの?どうしてあなたの顔がわからないの?
私のお見舞いに来てくれた人たちの中に、その大好きな人はいたの?
それなら私は…きっとその人を傷つけた。

心にかかった霞は、私に少しの希望を見せて、また深くなってしまう。
その霞を払うのは、自分自身か、それとも。





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