12.どないしょうもあらへん

今日、さくらが退院した。
ボクとイヅルのたっての希望で、さくらは除籍になることなく、特席という形で異例の復帰を果たしたのだ。
他の隊長は強く反対の意を唱えたけれど、ボクは無理矢理押し切った。
けれど、記憶は未だに戻らないまま、よそよそしい態度のさくらに胸が痛むことも多い。


「復隊できただけでも良かったですね。あとは記憶が戻ればいいんですが…」

「こればっかはボクらにはどないしょうもあらへんな」


特席と言っても、怪我と記憶喪失の影響で、できることは雑務ばかり。
それでもことあるごとにさくらはなにか仕事はありませんか、と問うてくる。
記憶がのうてもほんまに働き者や。

さくらが復帰して数日。
その日は朝から彼女の姿が見えへんかった。


「市丸隊長…!いかがでしたか」

「アカン、どこにもおらん。乱菊のとこも雛森ちゃんのとこもや」


死神としての記憶も失っとる彼女は、瀞霊廷内の構造にもさほど通じていない。あまり遠くにいるとは思えなかった。
再びイヅルと一緒に、彼女が足を運びそうな場所を思案していると。
複数の若い死神が隊舎の裏で話しているのが見えた。


「―――やっとうちの隊から消えたと思ってたのに…特席ってそんなのアリなのかよ」

「流魂街出身で大した能力もないくせに、やっぱ贔屓だろ。
それか市丸隊長か吉良副隊長に身体売ってんのかもな」

「言えてる。身体だけが取り柄ですってか」

「写真撮って脅しもかけたし、このままあそこに閉じ込めとけば空野もデカイ顔して三番隊に居座る気もなくなるだろうしな。
今だって雑用ばっかなんだし、さっさと四番の雑用係にでも異動―――」


彼らの会話を最後まで聞くまでもなかった。
イヅルもすぐにピンと来たようで青い顔をしている。
ボクは冷静を装って彼らに近づく。執務室にいるはずやと思っとったらしい彼らはボクとイヅルに気づくとビクリと肩を震わせた。


「い、市丸隊長に吉良副隊長…!ど、どうなさったのですかこのような所でお二人揃って」

「それがなァ、ウチの特席ちゃんがおらんようになってしもたんや。
キミ、どこにおるか知らん?」

「さ、さぁ…俺は存じ上げませんが…なぁ?」


周りの仲間もそろって首を縦に振り、彼に同調する。
呆れるくらい白々しいやっちゃ。


「…嘘ついたらアカンやろ?」

「君たちが空野特席の話をしていたことは知っているんだ。彼女はどこにいる?
答えなければ今ここで君たちを斬ろうか。それとも縛道をかけた方がいいかな」

「ヒ……!!」


隊士の一人が、イヅルのちらつかせた斬魄刀に小さく悲鳴を上げた。
他の隊士も一気に青ざめるのが見える。
隊長と副隊長のひとにらみは効果覿面やったらしい。


「じゅ、十一番隊の倉庫です…!」

「ほなその写真も渡してもらおか」

「し、しかし…!!」

「彼女は特席である前に僕らの大切な副官補佐でね。
彼女を傷つけることは僕たちを敵に回すと同義と思うことだ」


隊士たちは散り散りに逃げていく。なんやイヅルに美味しいとこ持ってかれた気分やな。
呆れて溜め息をつくが、彼らから没収した写真を見て、絶句した。
そこには、変わり果てた彼女の姿が写っている。


「さくら…!!」


写真をぐしゃりと握りつぶすと、十一番隊舎の裏にある倉庫に瞬歩で向かった。
鍵がかけてあるのか、扉は押しても引いてもびくともしない。


「イヅル、下がっとき。―――『廃炎』」


詠唱破棄した鬼道で鍵を焼く。あとで更木隊長怒るやろか。
いや、あの人なら倉庫の鍵が焼けたことすら気づかへんやろな。


「さくら!」

「無事か、空野くん!」


倉庫に入った瞬間、鼻につく異臭。その正体も先程の写真で見当がついている。
倉庫内は薄暗く、埃っぽい。奥は真っ暗や。


「明かりを…破道の三十一『赤火砲』」

「おおきに、イヅル」


イヅルの手元の明かりを頼りにさくらの姿を捜す。
ザリ、と音がして足元にあったなにかを踏んだ。
それは、黒い布切れ。ボクらが着とるモンと同じ布。


「…っ、さくら!」


背筋が凍ると共に、全身の血が勢いよく駆け巡った気がした。
さくらは、貨物の奥に倒れていた。



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あきゅろす。
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