10.泣かんといて
さくらが特別救護棟に運び込まれて2日。あれから彼女が目を覚ますことはない。
せやから今日も今日とて彼女の様子を見に行く。溜まるばかりの書類は見なかったフリ。
「さくら、すっかりやつれてもうたなァ。かわいそうに」
青白い頬を指の先で軽く撫ぜたそのとき。
彼女が小さく声を洩らし、薄く瞼を持ち上げた。
思わずその顔を覗きこむと、虚ろな目でボクを見上げ、言う。
「あなたは…?」
その言葉と、不安げに揺れる瞳に胸がズキ、と痛んだけど、なんもない振りをした。
なァ、さくら。ホンマに、全部忘れてしもたん?
「三番隊隊長、市丸ギン。キミの上司や」
「あなたが"市丸隊長"…イヅルさんから聞いています」
記憶を失くしてもなお、ボクを隊長と呼ぶんやね…さくら。
イヅルのコトは名前で呼ぶんに。
「こんなに怪我して…可哀相に」
体の至るところに巻かれた包帯が痛々しい。
痛い思いさせてご免な。こわい思いさせてご免な。
ボクが無理にでも止めれば良かったんやろか。止められたんやろか。
けれどそれは、考えても詮のないことやった。
ぽた。ぽた。真っ白な布団に染みを作る水滴。
それはさくらの瞳から零れ落ちる。さくらが、泣いていた。
「ごめんなさい…私は何も覚えていないのに、あなたにそんな辛そうな顔をさせるなんて」
「あァ…泣かんといて、さくら。
キミが悪いんやないんやから」
なんのためにさくらに危険な任務をさせず、ずっとボクのそばに置いてきたのか…
結果、彼女は慣れない任務で無理をして傷ついた。それは、隊長として彼女の成長を阻んだボクの罪やろか。
ボクは絶望感を押し殺して、さくらに微笑んでみせる。
それでも、虚ろな瞳が他から触れられることを拒絶しているかのように見えて、手を伸ばすことはできなかった。
窓際の花瓶に咲く金盞花が風に揺れた。
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