9.想ってなあかんねん
「…さくら…?」
不意に、さくらの霊圧を感じた。現世から帰ってきたんやろか。
けれど弱々しい、今にも消えてしまいそうな不安定な霊圧に、ボクの胸がざわつく。
彼女に何かあったんや。それは確信やった。ただの取り越し苦労ならよかった。
けれど、取り越しようもないほど彼女の霊圧は饒舌に語る。
「なんでこないフラフラしとるんや?ただケガしただけなら霊圧は弱なるだけやろ」
ボクは、イヅルに言われてしぶしぶやっとった書類なんて投げ出して、隊舎を出た。
ひたすら彼女の霊圧を追って走る。
瞬歩を使うなんて考えに至らんほど、らしくもなくボクは焦っていた。
あれから空野くんはまた気を失ってしまった。
今は四番隊の特別救護棟に隔離されている。
―――…あなた誰?
彼女は、僕のことも隊長のことも、自分が死神であったことさえ忘れてしまっていた。
斑目くんもすっかり落ち込み、いつもの元気が影をひそめていた。
僕の独りよがりな行動のせいで…こんなにたくさんの人が傷ついてしまった。
なにより空野くんは、記憶をなくしてしまった。
罪悪感に蝕まれ震える身体をきつく抱く。
不意に、目の前に見知った人影が姿を現す。
「イヅ、ル?」
「っ…隊長…!」
「さくらは?」
まったく鋭いお方だ。たとえ消えそうなほど小さな霊圧でも、彼女のものなら見逃しはしないらしい。
遅かれ早かれ卯ノ花隊長から地獄蝶で伝えられるのだろうが、まだ市丸隊長に真実を告げるには時間がほしかった。
現世にいた虚<ホロウ>の能力、斑目くんを庇ったこと、そして記憶をなくしてしまったこと。
僕は、市丸隊長に全てを話した。
「さくらが…記憶喪失」
「も、申し訳ありません…やはり経験の浅い彼女が現世に行くのは…僕が止めるべきでした」
市丸隊長はなにも言わない。いつも緩く曲線を描いている口許は硬く真一文字に結ばれている。
怒っていらっしゃるのだろうか…
「イヅルのせいやあらへん」
「え…」
「さくらは身体を張って任務を全うした、それだけや」
隊長はそれ以外なにも言わなかった。
けれど、寝台のそばに佇んでいる市丸隊長の顔が悔しそうに歪んでいた。
それが何よりも、普段感情や心の内をお見せにならない彼の胸中を代弁している。
僕は唇をキツく噛んで隊長から目を逸らした。
想ってなあかんねん
(悔しくて、切なくて、)
(目を開けて、記憶喪失なんて嘘やと言うて)
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