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好き?



最近元気がない正ちゃんを心配して雨の日迎えに行ったのだけど、顔を合わせた正ちゃんは気のせいか元気になっていた。何か良いことでもあったのかな、わかんないけど。でも元気になって少しだけ安心した。
ただもうひとつ困ったことが。それは先ほど帰ろうとした私に「もう帰るのか」と不機嫌そうに呟き帰りにくくさせた彼のことである。困ったなぁ、今日は勉強も早くやり終えたしさっさと布団に入って寝るかと思ってたんだけど。それでもこんな時間に夜食を作って持ってきて、うたた寝してた彼を起こした自分が悪いのであって、彼が悪いわけではない。ゆっくり、作業場に腰を降ろした。

『えと……すみません』
「?なにが」
『いや、さっき起こしたから、怒ってるんですよね?』
「?別に怒ってない」
『怒ってないんですか?』
「うん、ない」
『(ないのになんで引き止めたんだろ)そう、ですか…』
「やっぱりアンタが握るオニギーリは美味いな。いくつでも食べれる」
『ふふ、変わりませんよ?他の人と』
「そんなことない。アンタのは特別だ」

もぐもぐ、変わらないテンションで咀嚼を繰り返す。変わらなく言われるからあまり気がつかないけど、これは多分褒めているんだろうと思った。確か少し前も同じことがあった。食べてないというスパナさんにお握りを持っていって、こんなふうに食べてもらったことが。あれから気のせいか、スパナさんは優しくなった気がする。話す機会もその時からなんとなく増えた。朝はよく徹夜したスパナさんと食堂で会う。そのたびここの食事よりアンタのオニギーリの方が美味いと当たり前のように言われるから、食堂で働いてる方々に申し訳なくなった。(全然そんなことないよ)
でも多分、スパナさんに悪気はないんだと思う。嘘も多分つけない。だからだろうか。
今日は独断でお握りと味噌汁を作りスパナさんに持ってきた。なんとなく、だけど
また美味しく食べるスパナさんの顔を見たくなったから。

「………ん、なんだ?」
『あっ、いや、なんでも』
「このミソスープもうまい。アンタが作ったのか?」
『あっ、うん。おいしい作り方を正ちゃんに教わったの、だからそれを』
「……正一に?」
『うん、正ちゃんなんでも知ってるから』
「…………」
『?スパナさん』

先ほどまで意気揚々と味噌汁を啜っていたのに、ぴくりと固まる。黙ったままお椀を置き、またお握りに手を伸ばした。一瞬何かあったのかと思ったけど、気のせいかな。
スパナさんはあまり表情に出ないから、よく分からなかった。
お茶要りますよね、と立ち上がろうとする。でもその瞬間、スパナさんは口を開いた。

「アンタは、正一といるとき楽しそうだな」
『へ?そうですかね……まあ確かに正ちゃんといると安心はしますかね……優しいし』
「ウチといるときは?」
『スパナさんといるとき…?』
「うん」
『……わかんない、けど、嫌いじゃないですよ、スパナさんといる時間』
「??」
『あっ、ほら、スパナさんよく何かに集中するでしょ?そういうときって、会話もなかなかできないんだけど、なんか、悪くないなって思うんですよ』
「ワルくない……ヨクもないのか」
『あっ、いや、そうじゃなくて……うーん、何て言ったらいいのかなぁ』
「……いいんだ、良くないことはわかっ」
『あ!あれです、なんというか』
「………?」
『黙ってても、話してても、居心地がいいなって思えるんです。スパナさんの空気とか、醸し出すものとか』
「カモす……?ウチ、カモじゃない」
『ふふ、そうですね。カモじゃありませんけど……でもそんなところがいいんです』

わからないと言いたげに首をかしげるスパナさん。きっとすごく頭がいいだろうに、言葉、特に日本語にはいまいち長けないスパナさんが面白かった。わからないけど、この人と過ごす時間は好きだ。他愛もない時間だけど、たまに輝く表情とか急によくわかんないこと言い出したりとか、見てて楽しくなる。
最初こそ、イメージは悪かったけれど。(パンツ事件があるしね)
でも最近はもっとスパナさんのことを知りたいと思うようになった。

(………ん?でもなんで知りたいんだろう)

疑問に首をかしげながらもお茶を湯呑みに注いだ。

「アンタの言うことはムズかしい。ウチにはわからないことばかりだ」
『ふふ、そうですか?そんなことないですよ』
「そんなことある」
『……そういや、スパナさんは』
「……ん?」
『彼女とか、いるんですか?』
「………カノジョ?」
『……あっ!いや、その、あの、もう大人だし、きれいな顔をしてるし、きっといるんだろうなって、その』
「…………」
『すみません……忘れてください……(ああもう何言ってるんだろう)』
「……恋人、はいない。けど、気になるヒトはいる」
『気になる人……?』
「うん。お茶、ありがとう」

右手に持っていた湯呑みを受け取りお茶を啜る。お茶を啜る姿が似合うなとかそんなことよりも、先ほどスパナさんから話されたことに驚いた。素直に話してくれると思わなかったからだろうか。いや、聞いたのは紛れもない自分だけど。
いてもおかしくはない、むしろいそうだと思ったからそう話したのに。
なんで私、ちょっとだけ傷ついてるんだろう。

『(いやいや、本当意味わかんないって私ったら)』
「?どうした」
『あっ、いや、なんでも……そろそろ部屋に戻りますね、お邪魔し』
「アンタは、好きなやついるのか」
『え?……わたしですか』
「うん」
『……いまは、いないです、けど』
「そうか」
『は、はい』
「………アンタに、やる」
『へ?』
「電子辞書。勉強するのに必要だろ」
『あ、ありがとうございます……!でもいいんですか、こんなの……高いですよね?』

不安げに話せばウチの手作りだから大丈夫だとスパナさんは言う。機械に長けてる人だと知ってたけど、まさか電子辞書まで作れちゃうとは(本当にすごい)
持ってた電子辞書、しばらく前に壊れちゃったんだよなぁ。ちょうどよかった。
ゴチソウサマでした、いつのまにか完食した味噌汁をおぼんに置く。電子辞書を持ったままあたふたした。

『あ、あの、お礼とか何をすれば』
「オレイ?」
『手作りで作ってくれたなんて、どう感謝したらいいか』
「………べつに要らない。ご飯作ってもらったし」
『いやいや、そういうわけには行きませんよ!』
「……んー。じゃあ」

ゆっくり、スパナさんは立ち上がる。電子辞書を持ち突っ立つ自分の前に立ちふさがった。当たり前に、背が大きい。見上げないと(顔が見えない)
不意に、肩を掴まれる。そのまま顔が近づいてきた。

(………えっ、)

だんだん近づく顔に慌てふためく。まさか、そんなことはと思いながら逃げれなかった。唇まで数センチ、ど、どうしよう(もう逃げれない…!)
その途端、ちゅっと、軽く触れられる。唇かと思って目を伏せたけど、でも
それは違った。

「お礼は、これでいい」
『スパナ、さん……』
「おやすみ、零」

おでこだったのに、ただの勘違いだったのに、ドキドキが止まらない。
頭のなかがスパナさんで

『………スパナ、さん』

占領、してしまった。

(おかしいおかしい、どうしたの、私…!?)


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(すき?……いや、違うよ、だって彼には)





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