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(レン×ミク)


音を伴わない旋律が彼女の口から零れ出す。息が白くなければ歌っている、ということなど判らない。それでも彼女は上機嫌で歌を紡いでいる。

「歌えてないっつーの」

頭をコツンと叩くとやっと彼女は俺の方を向いた。嫌みを言ったはずなのに満面の笑みだ。
彼女の笑顔は、俺の意地の悪さを(そこに隠したつもりの切なさとかも)丸ごと包み込んでしまう。
あとに残るのはどっからくるのか判らない胸の痛みだけ。

ぽんぽんと頭を叩かれて顔を上げる(無意識に俯いていたらしい)と彼女が心配そうな表情を浮かべていた。

『だいじょうぶ?』

ゆっくり動く唇の形から彼女がそう言ったことが判った。この読唇術は彼女限定で使える。
それぐらい俺たちは長い間一緒にいる。歳は二つ違うが、いわゆる幼なじみというやつだ。住んでる場所が近くて親同士が仲良しだっていうよくある関係だ。

もっとも、言葉なんてなくとも彼女のくるくるとよく変わる表情を見ていればどんなことを言いたいのかは判るのだが。

シャキッといきなり背を伸ばすと彼女がびっくりして飛び退いた。しっかり背を伸ばせば俺の方が拳一つ分デカい。
わざと自慢げな笑みを浮かべて彼女を見下ろす。

「届かねぇだろ」

ふふんと胸を反らすとぽかぽか叩かれた。彼女は俺に身長を抜かれたことを気にしている。昔は“ミクお姉ちゃん”なんて呼んでいたのだから当然か。

微々たる攻撃が効かないと判った彼女は一度むくれてぷいっと顔を逸らした。

そしてまた聞こえない歌を歌う。


歌が(歌手になると豪語するぐらい)好きだった彼女は一昨年突然声を無くした。
当時、ショックで塞ぎ込んでいる彼女に俺はなにもしてやれなかった。毎日彼女の家の前まで行って結局勇気が出せずに帰る、そんな日々を送っていた。

しかし彼女はある日突然立ち直った。
また以前のように明るく歌うようになった。声が出ないことがまるで気にならないみたいな明るい表情に、救われたのは俺だった。


「しゃーねぇーな…」

ぼそっと呟いて俺は彼女が歌っているであろう歌を口ずさみ始めた。小さい時から変わらない彼女のお気に入りの一曲。

俺が歌い始めると彼女は幸福そうに笑った。
そんなに幸せそうに笑われるとこっちが照れてしまう。しかも人から見たら俺一人だけ歌を歌っているわけで…。

(まぁ…いいか…)

照れて赤くなった頬を夕焼けに誤魔化してもらいながら俺は歌を歌い続けた。
彼女を笑顔にすることができるならこれぐらいなんでもない。

い息
(一人分の歌声と二人分の白い息が夕空に融けていった)




あきゅろす。
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