ハクちゃんが膝を抱えてめそめそと泣いている。息が触れそうになるほど近くにいる私が絶え間なく視線を送り続けても、まるで気にしてはくれないようだ。 抱きしめてしまえばこちらを向くのはわかっているけど、もう少しこのままでいたい。ハクちゃんの泣き顔が好きだから。 彼女を泣かせたのはおそらく仕事場の上司だ。ハクちゃんが不器用なのを知っていて難しい作業をやらせる最低な野郎。 緊張と不安でいっぱいになったハクちゃんは当然のようにミスをする。ヤツはそれを目敏く見つけて彼女をいびり倒す。説教一時間なんてざらにある。 心身ともにボロボロになって帰ってくるハクちゃんは私にただいま、も言わず自分の部屋にあるベッドの上に体育座りで丸まる。そしてめそめそと泣き始めるのだ。 もう何度も繰り返されてきたこと。慣れたのは私だけ。ハクちゃんはきっと、毎回酷く傷ついている。そんな彼女を見て微笑ましい気持ちになるのは、私の性格が歪んでいるからだろうか。 そっと彼女の髪を指で梳いてみる。私の存在に気づいた彼女が顔を上げて下手くそな笑顔を私に向ける。 「また怒られちゃった」 「知ってる」 「あ…そ、そうだよね…」 答えたハクちゃんの目にまた新しい雫が浮かぶ。指で何度拭っても後から後から溢れてくる涙は、次第に私の手を伝い袖の奥も濡らしていった。 温かい雫が肌を伝う度に背筋をぞくりと快感に似た感覚が駆け抜ける。興奮に震える心を隠すためにハクちゃんの目尻から指を離した。 手の甲の涙が伝った跡をなぞるように舌を滑らせる。ハクちゃんの涙を布や紙で拭くなんて無粋なことはしない。涙だってハクちゃんの一部なのだから私のモノだ。 ちょっと目を離した隙にまたハクちゃんは膝に目を押しつける形で俯いていた。声を押し殺して泣いているせいか、体が小刻みに震えている。 「なにをやっても上手くいかないの」 「職場の人にも、嫌われちゃってね」 「ミスする度に呆れた視線を向けられるの」 「もう、嫌だなぁ…」 声を震わせながら辿々しく語るハクちゃんは絶望に打ちひしがれて今にも死んでしまいそうに見えた。 片腕でそっとハクちゃんの体を抱き寄せる。彼女の頭が私の鎖骨辺りに収まる。目線の少し下にある髪に顔を埋めると、されるがままだったハクちゃんがピクリと反応した。 動物が暖かさを求めるように私にすり寄ってきた彼女が悲しそうにぽつりと呟いた。 「人って疲れる、ね」 「……なら、辞めちゃう?」 「え?」 ハクちゃんの答えを待たずにベッドに押し倒した。状況が飲み込めず目をパチパチと瞬かせる姿が愛らしい。私が組み敷いているというシチュエーションも手伝って興奮を掻き立てる姿だ。 唇をハクちゃんの耳元に寄せて自分で把握している中で一番艶っぽい声でとっておきの誘惑を囁く。 「嫌なこと全部、忘れさせてあげる」 甘い甘い毒を含んだ言葉はハクちゃんの体から力を奪うことに成功した。 耳元から首筋まで舌を這わせて鎖骨に噛みつく。獣のように彼女を貪ることだけを考えてシャツの一つ目のボタンを乱暴に千切った。 白い部屋 (そこには桃色の獣が灰色の獣を貪る姿があった) |