両手を胸の前で握りしめて祈りを捧げているように見えた。いつもはおっとりと下がっている眉も、今はきりりとしていた。 真摯な彼女の表情が、遠くの街灯の灯りにぼんやりと照らされている。 いつもと違う表情に鼓動が煩くなる。悟られまいとして(ずっと空を見ているミクが気づくはずないのだが)顔を彼女から逸らした。 冷たい風が吹いて肩を竦める。屋根の上は視界を遮るものがないから星は綺麗に見えるが、いかんせん寒い。 羽織っていたダウンジャケットの襟を立てて、ポケットに手を突っ込む。それでもまだ寒気がする。 自分より薄着で出てきた隣のミクが気になって視線を送ってみる。しかし彼女は俺なんぞまったく意に介さず星空を凝視していた。 多少腹が立ったような気もしたが、そこは抑えて俺も視線を空に向けた。 「あ、流れた」 たまたま目を上げた瞬間、星が流れた。もしかしたら俺は勘が鋭いのかもしれない。インスピレーション、だな。 ミクも流れ星を見たか訊ねるために首を捻ったが、彼女はすでに瞼を閉じて真剣に願っていた。 そんなミクの姿を見ていたらなんだか虚しくなってしまった。彼女と自分の精神年齢の差を思い知ったのだ。 いつの間にか彼女ばかり大人になってしまった。俺は背ばかり伸びただけでまだまだ子供だ。 流れ星一つ見つけただけで調子に乗るなんて。 「おい」 「きゃっ!?」 長い髪を引っ張ってミクの意識を空から俺に移させる。俺の方を向いた彼女は目を丸くして驚いていた。突然髪を引かれれば当然か。 でもきっとそれだけじゃない。 俺は今自分でわかるほど不貞腐れた顔をしている。俺がどのタイミングで不機嫌になったのか、彼女には到底わかるわけがない。髪を引かれたことだけではなく、不機嫌な俺にも驚いたのだろう。 「どうしたの?あーくん」 「なにをそんなに必死に願ってんだ」 「えっと…りんちゃんの願い事やれんくんの願い事やめぐちゃんの願い事や…」 そのあとも延々と続く子供たちの名前。どの名前も俺にもなじみ深い弟妹たちの名前だった。それにしても一体何人から頼まれたんだ。 呆れを隠さず顔に浮かべるとミクは困った顔で説明を始めた。 「みんな夜遅くまで起きてちゃダメでしょ?だから私が代わりにお願いしてあげるって約束したの」 「アイツ等、遠慮なしだな」 「でもでも!普段あんまりワガママ言えないから…」 あーくんと私もそうだったでしょ、と寂しい声で呟かれて返す言葉がなくなった。彼女の言うことは間違っていない。 孤児院というある意味特殊な環境で育ってきた俺たちは早くから大人や周りの人間に気を遣うことを覚えた。だからワガママやお願いはあまり言葉にしない。 それが叶わないことを知っているから。 一方で七夕やらクリスマスやらの行事は盛り上がる。普段なら言えない願いも短冊に書けば“カミサマ”に届くかもしれない。クリスマスなら……サンタか。 もし叶わなくても“カミサマ”なんて気まぐれだから、と自分を納得させることが出来る。 流れ星も…まぁ、そんな感じだ。 「流星群だもんな…」 「たっくさん叶えてくれそうだよね」 「こんだけ流れてりゃ一個ぐらい叶うだろうな」 言ったそばから星が夜空を駆けた。すかさず瞼を閉じて小さく頭を垂れるミク。を眺める俺。 掴んだままのミクの髪を指先でくるくるといじっても彼女は瞼を閉じたまま。毛先を軽く引いても気づかない。 「自分の分は?」 「え?」 再び俺の方を向くミク。そんな彼女の後ろで星が一つ流れる。まだミクの意識を自分に向けておきたいから、そのことは黙っておく。 「ミクの願いはどうすんだよ」 「私の願い?」 「ないわけじゃねぇんだろ?」 「うーん…でも、」 ミクは眉を下げて悲しそうな苦しそうな表情を浮かべた。予想外の反応に軽く動揺する。 言葉を待つ間、星が三つ流れた。沈黙が寒々しい空気を際立たせる。 ふっとミクの瞳に影が過ぎる。 けれど、それは一瞬の出来事で。 「…みんなの分、たくさんあるし」 だからいいの、と笑うミクの顔には諦めが浮かんでいた。昔からよく見てきた、俺か一番嫌いな顔。 目の前で寂しく笑う少女を腕の中に閉じこめてしまいたくなった。そんな顔似合わねぇよ、と。 だけどそんなこと出来やしない(恥ずかしいからであってけしてヘタレなわけではない)から、 「ミクの分は俺が願っといてやる」 「え?じゃああーくんは…」 「い・い・か・ら。ほら、願い事は?」 「ん、と…」 俺の勢いに押されたのかミクは小さな声で願い事を呟いた。 それは俺にとっては驚き以外のなにものでもなかった。思わずミクの方を見ると彼女は俯いていた。 微かに耳が紅い気がする。 なんとなく見てはいけないものだったような気がしてすぐに目を逸らした。逸らした先の空でまた一つ星が流れていった。 星空 (あーくんと、ずっと一緒に、いられますように、) |