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(キヨテル×ミキ)

いつ来てもこの部屋には本しかない。ヤツは活字を食べながら生きているんじゃないか、と疑うくらいだ。本棚は四方の壁に備え付けてあるし、その棚の前には塚が幾つも出来上がっている。下の方の本なんて、読む気になっても簡単には取り出せない。1度だけ、塚の土台部分にある本を引っこ抜こうとして雪崩を起こした現場を見たことがある。その時は確か、笑って片付けなきゃいけないね、なんて言っていたはずだ。でも結局雪崩れた本は元通りの塚になっただけで、整理されることはなかった。
文章なんてたった数行読むだけで眠くなってしまう私は、そこまで本にのめり込む姿を少し怖く感じる。下手をすればご飯も食べず、眠りもせず、ひたすらに没頭していることもある。私が頻繁に会いに来て面倒をみないと、きっと本の世界に飲み込まれて本と心中してしまうに違いない。

「キヨいつご飯食べたの?」

話しかけても反応はない。さっき台所を覗いたら、洗った食器が置いてあったので、一昨日私が作り置きした料理は食べたようだった。ただそれが、昨日の夜なのか、今日の昼なのかはわからない。確認するための言葉は彼の耳を素通りしてしまった。きっと私が部屋に入って来たことにも気づいていない。目の前で手を振っても反応してもらえないことは、すでにわかっている。いつも掛けているメガネを奪えば気づくことは間違いないけれど、物凄く不機嫌になることを知っているから、今日はしない。とりあえず、倒れてはいないことがわかったので、彼がこっちの世界に戻って来るまでに、晩御飯の準備をしてしまうことにした。

鼻歌混じりに料理を作りながら、彼のことを考える。私は空いた時間の8割を読書にあてる彼のどこが好きなのだろうか。考えれば考えるほど、答えが見つからなくなってしまう。私生活を知らなかったから好きになって、そのまま刷り込みみたいに好きでいるだけなのだろうか。
鼻歌がとまる。今の私はこの考えを否定することが出来ない。少し寂しい気分を忘れるために、調理に集中することにした。
涙が零れそうなのは、玉ねぎのみじん切りを作っているせいなのだ。

「ミキ」

私を呼ぶ声で目が覚めた。料理が終わったあと休憩のつもりで座ったソファーでいつの間にか眠っていたようだ。ぼんやりする頭と視界が認識したのはこの家の主人だった。

「おかえり キヨ」

彼は部屋からは出ていないのだか、これが恒例の挨拶になっている。本の世界から私のもとへ帰ってきた、という意味がこもっている。一番最初にそう説明した時は彼に笑われてしまった。本当はちょっと棘も含ませているつもりなのだけど、彼はきっと気づいていない。

「ご飯ありがとう」
「前のはいつ食べたの?」
「昨日の夜だよ。ご馳走様でした」
「お腹空いた?」
「うん」

よいしょ、と身体を起こしてキッチンへ向かう。後ろからキヨが付いてくる気配を感じながら。
冷めてしまった料理を温めつつ、ご飯をついでキヨに渡す。彼がそれを食卓へ運ぶ。冷蔵庫のお茶とコップもキヨが運ぶ。この辺りの分担はすっかり慣れたから、なにも言わなくても進んでいく。最後に温まったおかずを運べば終了だ。

「いただきます」

いつもなら一緒にそう言う声がするのに、今日は私の声だけしかしなかった。不思議に思ってキヨの顔を見れば、なぜか笑顔だった。

「なに?」
「ここにミキがいると、家だな、って感じがして嬉しいんだ」
「私がいると?」

予想外の台詞に聞き返すと、キヨは笑顔で頷いた。私がいなくてもここは間違いなくキヨの家なのにおかしなことを。思ったままを口にすると、小さく笑われた。不貞腐れて頬を膨らますとキヨがとっておきの秘密でも話すみたいに悪戯っぽい表情を浮かべた。
続いて紡がれた言葉を聞いた私はきっと世界一間抜けな顔をしていたと思う。


(君がいる場所が僕の居場所ってことだよ)


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