溜まった煙を吐き出すと心まで空っぽになっていくような気がする。肺の空気と一緒に心にあった感情がすべて出ていくのだ。 その感覚が忘れられなくていつまで経ってもやめられない。周りにやめるよう勧められても気がつけば手を伸ばしている。 空っぽになったあたしはなにも考えずにもう一度煙を吸い込む。真っ白なあたしから出てくるのは少し苦い真っ白な煙。 「また吸ってんのか」 「げっ、デル」 今日何本目だよ、と言いながらあたしの手から煙草を取り上げてそのまま自分の口に運ぶ。 取り上げられたことで不機嫌になったあたしが睨んでも、デルはちらりとこちらを見て知らないふりを決め込んだ。 抗議をするのも取り返すのも面倒で二本目に手を出そうとすると、今度はその手をピシリと叩かれた。 「……なによ」 「そろそろ本番」 言葉と共にふうっと煙を吹き付けられて思わず咽せてしまった。ごほごほと咳き込むあたしを見てデルはへらへら笑っている。もうすぐ本番だと言ったくせになんてひどい扱い方をするのだろう。 今度こそ本気で怒鳴ってやろうとしたところで、遠くからあたしを呼ぶスタッフの声が聞こえた。 「呼んでんぞ」 「あんたそれでもあたしのマネージャー?」 「なんでもいいから、さっさと行ってこい」 しっしっと手を振る彼はやっと厄介事から解放されるとでも言いたげな表情だ。 喉まで出かかった暴言を止めてくれたのは再度あたしを呼ぶスタッフの声だった。苛立ち紛れに煙草の箱をデルの顔めがけ投げつけてあたしは控え室から出た。 煙草を吸う女は嫌いだ、と初めてあった時デルに言われた。 アナタの影響で煙草を吸い始めた、なんてとても言えなかった。 一目惚れだったのだ。事務所の屋上で煙草を吸うデルの姿に目を奪われた。青い空に消えていく煙を綺麗だと思った。 デルがあたしに気づいて煙草を消して屋上から去ったあとも、あたしはそこから動けなかった。すれ違った瞬間鼻を掠めた匂いが、ゆっくりとあたしを支配していくのを当然のように受け入れていた。 本番が終わって楽屋に帰るとデルが煙草をふかしてくつろいでいた。タレントを放って楽屋でくつろぐマネージャーなんて聞いたことがない。 けれどあたしは知っている。あたしがステージで歌っている間、彼が袖で観ていてくれたことを。空調の風に乗って煙草の匂いが流れてきたのだ。 「どうだった?」 「75点」 「微妙…」 「もっと頑張りましょう」 デルが歌に100点を付けることは滅多にない。向上心を忘れるな、なんてまともなマネージャーみたいな座右の銘を持っている。 ステージ衣装から私服へと(もちろんデルに背中を向けて)着替える間、ある疑問が首をもたげた。あたしはその疑問を振り払うように頭を振った。 訊かなくても、いいことだ。 だってデルの答えは解っている。 でも それでも、 「ねぇデル」 「あ?」 「今も、煙草を吸う女は、嫌い…?」 訊いてすぐに後悔した。 デルが答えるより早く、あたしは着替えを終えて振り返った。笑顔で誤魔化しの言葉でも言おうと思ったのだ。 振り返るとすぐ後ろにデルが立っていた。驚きで思考が停止したあたしを見下ろしてニヤリと笑った(いやらしい笑い方だ)。 「煙草を吸う女は嫌いだ」 「そっか」 「でもな、」 手が伸びてきて指で毛先を掬われる。掬われた毛先に唇が落ちてきた。 顔が熱を持って、なのに体からは血の気が引いていく感覚がした。デルの行動についていけなくて頭も体も混乱する。 後退りしたら壁に背中がぶつかった。その拍子に足から力が抜けて床に座り込む。 デルを見上げると相変わらずいやらしい笑いを浮かべていた。 「自分と同じ匂いがする女は悪くないな」 なにそれどういういみ? 訊ねる前にデルがスタッフに呼ばれて控え室から出ていった。 残されたあたしはいつまで経っても立ち上がれずにいた。上手く働かない頭でデルに言われた言葉を反芻して自分の匂いを嗅いでみた(馬鹿みたいだ)。 香水や化粧品などの匂いに混じってほのかにデルの匂いがした。 煙草 (まるで移り香のようだ) |