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SIREN text
逆襲(屍人×宮田)
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
振り返ったときには金槌が目の前に迫っていた。
ゴン、と鈍い音とともに頭に衝撃が走り、世界が揺れたと思ったときには気を失っていた。



金属音と足首に走る痛みに、宮田の意識はゆっくりと覚醒する。

「…何を、やってるんだ」

声を発すると同時に、足に触れていた冷たい物が離れていくのを感じる。
腕を上げようとするが、途中で何かにひっかかって僅かしか動かすことができない。
腕を下ろすとジャラ、と鎖の音。
旧病棟の檻にあるベッドに拘束されていた。
金属のベッドフレームから伸びた、鎖のついた拘束具で手足を固定されている。

何故ここに?

体を起こそうとすると、頭部に激痛が走る。
目の前に迫る金槌がフラッシュバックする。

やられたのか…?
ということは、まさか。

恐る恐る目を動かして周りを見渡すと、何人ものおぞましい屍人たちがベッドを取り囲み、訳の解らない言葉を発している。
全員等しく息は荒く、笑い声のようなものをあげているものもいる。
人間を見て、明らかに興奮しているようだった。
血を溢し濁った目から発せられる全ての視線が宮田に集中している。
逃げられない。
そう確信した。

屍人たちが四方からゆっくりと近づいてくる。
ついに手が伸び、殺されるのか、と思い目を閉じるが、屍人たちは体に触れるだけで攻撃してこない。
不思議に思って目を薄くあけた瞬間、刃物をもった屍人により服が切り裂かれた。
チリ、と腹に痛みが走る。
シャツを裂いた切っ先は止まることなく、皮膚を浅くかすめたようだ。

「っ、何するんだ、くそ、やめろっ!」

理性を失った異形の者達の予測不可能な行動に、動揺する。
何をされるのか分からない恐怖。
その境遇故に殆どのことは冷静に受け入れるようになっていた宮田も、さすがに体が拒絶反応を示し暴れ出す。
しかしギン、と鎖が張り、抵抗を阻む。
屍人たちはその様を見て、喉から甲高い音を出す。
笑っているようだった。
彼らはかつては村人であったが、黒い噂が後をたたないくせに、形の上では神代や教会に次ぐ地位とされる“宮田”に対する生前の嫌悪と侮蔑が残っていたのだ。
それは生まれたときから村に蔓延し、村人の間で共有されている根強い認識だった。また彼らの中には幽閉され復讐を果たそうとする者もいるかもしれない。

良いザマだ――この、人殺しが。

宮田の髪をわしづかみながら笑う屍人の目が、そう言っているように聞こえた。
首を振ってその視線から逃れようとするが、屍人はそれを許さず、もう片方の手で宮田の顎を固定する。
ギリギリ、と信じられない力で指を食い込ませられ、無理矢理口をこじ開けられる。
「ん、が…」

何とか抵抗しようと手足をバタつかせる宮田に、他の屍人たちが群がり、ベッドに四肢を押さえつける。
仰向けで抵抗を封じられ、口を開かされ、何が起こるのかと目を見張る宮田の目の前には、血の涙を流す屍人の顔。
それが鼻が触れあう距離まで近づいてきて、グパ、と口を開けたと思うと、宮田の顔に生暖かい液体がビシャビシャと降り注ぐ。
「ぐっ……が、うえぇっ」
生臭い赤い液体は、宮田の鼻や頬を濡らし、こじ開けられた口にも次々に入ってくる。
飲んではいけない、と頭に警鐘が響くが、鼻を塞がれ息ができず、気道に入りそうな勢いでそれは流れ込んでくる。
宮田は噎せないように必死で飲み込むしかなかった。
嗚咽に堪え、ビクビクと震える手足を、がっちりと屍人の冷たい手が押さえつける。
やがて屍人の口から吐き出される液体の量が少なくなり、ようやく宮田は解放された。
むせかえりながら口の中に残った赤い水を吐き出し、呼吸を整える。
しかしすぐに宮田の体にある変化があらわれた。
まず生ぬるい液体で満たされたはずの腹が、熱いと感じた。
そこから全身に熱が広がるような感覚。
激しい吐き気は消え去っていた。
かわりに、狂いそうなほどの渇き。
腹は水でふくれあがっているというのに、何日も飲み物を口にしていないかのような渇きに襲われる。
何か――いや、さっきの水を……

「は……駄目だッ!!」

このままでは、仲間にされてしまう。
残った理性をかき集めて、必死で渇きとたたかう。
しかし喉の渇きはどんどん増していく。
苦しさにベッドに繋がれた手足を激しく揺らす。
金属に擦られた手足の皮膚が裂け、血が吹き出るが、痛みを感じる余裕さえない。
屍人たちは一様に宮田を食い入るように見つめる。
憎い存在がもがき苦しむ様を、焼き付けようとするように。

「やめろ、化け物、見る、な…!ぐがあぁあっ」渇きが頂点に達し、体の内側から引き裂かれそうな痛みに宮田は背をしならせた。
周りにいた屍人たちが歓喜の雄叫びをあげる。
腹の熱さと喉の渇きと奴らの笑い声で頭がオカシクなりそうだ。
同時に、頭の中でもう一人の自分が妙に冷静に自分を分析する。
これはもう、助からない――ならば。
こうしてなぶり殺しにされるくらいなら、いっそ舌を噛んでしまうほうがマシだ。
宮田は口を薄く開けた。

「―――――んッ!あ……あ…」

先ほどの屍人がそれを見逃さなかった。
小さくあいた宮田の唇の上に自らの赤い唾液を垂らしていく。
線になり、少しずつ喉に流れこんでくる水。
すると狂おしいほどの渇きがみるみるやわらいでいく。
これだ、俺が欲しかったのは。
腐臭を放つそれはもはや嫌悪の対象ではなく、渇きを癒す命の水に思えた。
宮田は息をするのも忘れ、必死で舌を動かして水を喉に運ぶ。

「ん、んッ、ふうぅぅッ」

頭を持ち上げ、自ら迎えにいくように屍人の唇にむしゃぶりつく。
口腔内に舌を差し入れ、グチャグチャと内部をなめ回す。
形振り構っていられない。
もはや死のうなどとは思わなかった。

「全部、寄越せ…」

屍人はその様子を見て目を細めた、ように見えた。



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