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九龍 text
ジユウの匂い
あの日、屋上で九龍は俺に「カレー屋でもやるかな」と言った。
九龍のビジョンの中には俺の姿も確かにあった、と思う。
叶わない夢だと知りながら、九龍が言うと本当にそうなりそうで嬉しかったんだ。
悔しいが、いつかオカマが言っていた「自由の匂い」とやらを九龍は纏っているのかもしれない。
俺も、九龍によって遺跡から解放されてからは、ますます奴の胡散臭い匂いにあてられて、何でもできるような気がしていた。
それこそカレー屋でも、トレハンでも。

それなのに。

「どういうことだよあの野郎」

卒業式の前日ギリギリに次の任務から帰ってきた九龍は、皆に見送られながら、その日のうちに次の任務地へと旅立って行った。
それも国際線で。
一応の義理を果たしたら、はい次、ってやつか?
あいつが本当にカレー屋をやるなんて信じていたわけじゃない。
だが、約束は約束だ。行く前に俺に一言ぐらいあってもいいんじゃねぇか?
だいたいあいつはいつも――…

「甲太郎」
「のワッ!!」

ぶつぶつと考えながら歩いていると、後ろから声をかけられて飛び上がった。
俺を下の名前で呼ぶ人間は数えるほどしかいない。

「…大和」
「おう。帰りか?」

いま一番会いたくない野郎だ、と思った。
大和は九龍を追いかけてロゼッタの宝探し屋になる。
そのことを九龍にも話したらしい。
九龍は嬉しそうに話してくれた。養成のための施設に大和を受け入れてもらえるようロゼッタに手配していた。

「ああ、俺も寮の荷物まとめなきゃならんからな」
「甲太郎は、これからどうするんだ?」
「さァな……カレー星人にでもなるかな」
「なんだそりゃ」

大和は妙なものを見るように俺を見る。
無理もない。言った俺自身も何のことか分からないからな。
思えば、実際のところ卒業後のことなんて考えたこともなかった。
墓守をしていた頃は学校から出られるとは思っていなかったし、それ以前には何か夢があったかもしれないが、もう忘れた。
ぼんやりと、九龍といるんだろうなあくらいにしか思ってなかった。
その九龍がいない今、あとは他に好きなものといえばカレーか、くらいに思って出た言葉に過ぎない。

「まァ冗談だ、気にすんな。それより大和はいつ発つんだ?」
「1週間くらいかな。諸々整理してかないとな。」
「そうか。まァあっちではダブらないよう、せいぜい頑張れよ」
「あっおい、待てよ甲太郎」

帰ろうとする俺の肩を大和が掴む。

「なんだよ」
「来るか?お前も」
「………ッ」

突然の誘いに言葉を失う。
その内容にではない。
俺は、本当は九龍にこう言って欲しかったんだと気づいたからだ。
九龍が俺に手をさしのべてくれるのをただ待っていた。
遺跡の絶望の闇から救いだしてくれた時と同じように。
だから期待に反して九龍の手を失ったいまは、立ち尽くすしかない。

「甲太郎、お前も葉佩と行きたいんじゃないか?葉佩には言うなと言われたが、あいつはお前の素質をかってたんだぞ」
「………」

行きたい。
九龍の側でまた自由の匂いに包まれていたい。
でも――

「…行かねぇよ、」

俺はまだ何かに捕らわれてるのかもしれない。
ならば俺自身は墓守をしてたときと何も変わらない。
ラベンダーの匂いから解放されたのに、“自由”なんて胡散臭いこと極まりない匂いに捕らわれるなんて馬鹿馬鹿しい話じゃないか。
そんなのでは意味がない。
九龍だってだから黙って出て行ったんじゃないか?
そういう気の回し方は気に入らないが、いかにもあいつらしい。

「九龍に会ったら言っといてくれ。珍しいスパイスを見つけたら持ってこいッて」
「…そうか。甲太郎、お前、本気でカレー星人になる気だったんだな…笑ってすまなかったよ」

大和は妙に納得した顔で何度も頷く。

「ま、気が変われば俺や葉佩に言えよ。」
「…気が向いたらな」


カレー星人という口から出任せの将来像が当たらずとも遠からずな結果になり、ついでに九龍とのカレー屋の話も嘘ではない程度に実現するのはこの数年後の話だ。


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あきゅろす。
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