二
***
かたん、と遠くで戸の開く音がした。
ぎ、ぎい。
ぎい、ぎ、ぎい。
真夜中の静まり返る廊下に響く、冷えた床板が奏でる不規則なリズムに女は眉を寄せる。床から這い出して襖の向こう、恐らく“あの庵”から戻ったばかりの男の気配を伺った。
す、と音もなく襖を開き、
(ああ矢張り、)
ひょこひょこと足を引きながら歩く大男をみとめて一つ、遠ざかる背中に聞こえるように溜め息をついた。
「…羽鳥。」
まだ起きてんの?
悪戯するところを見つかった子供みたいに、すこし悪びれた笑顔が振り返る。
すやすや寝息を立てて眠る同僚と小さな子達を起こさぬように、背後の襖を静かに締めて、羽鳥は男に歩み寄った。
「……また、『食事』、ですか」
「うん、まあね。
食べないと死んじゃうのは俺たちも一緒だろ?」
「……ですが、」
暗闇の中で羽鳥の表情が曇ったのに気付いたか、男は、心配ないよ、と言って乾いた唇を歪めた。
「俺も一応大の大人だしね。
限界は見極めてるつもりだから。
それに今、死ねないでしょ。」
じゃあ、冷えるから、もうお休み。
目を見開いて言葉を詰めた羽鳥に男は背を向け、再び自室へとぎこちなく歩みを進めた。
振り向きざまにまるで子供にするように ぽすん、と頭に置かれた大きな手のひら。
腹の奥へすとんと落ちた言葉。
今、彼と“あの子”を、そして彼等を愛する人達を包む果てしない暗闇。
(その重さと痛みをぜんぶ、吐き出せてしまえたら――、)
羽鳥は襖の向こうに消えた足音へ、もう一度深い溜め息を落とした。
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