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***




かたん、と遠くで戸の開く音がした。



ぎ、ぎい。
ぎい、ぎ、ぎい。


真夜中の静まり返る廊下に響く、冷えた床板が奏でる不規則なリズムに女は眉を寄せる。床から這い出して襖の向こう、恐らく“あの庵”から戻ったばかりの男の気配を伺った。
す、と音もなく襖を開き、
(ああ矢張り、)
ひょこひょこと足を引きながら歩く大男をみとめて一つ、遠ざかる背中に聞こえるように溜め息をついた。


「…羽鳥。」

まだ起きてんの?
悪戯するところを見つかった子供みたいに、すこし悪びれた笑顔が振り返る。
すやすや寝息を立てて眠る同僚と小さな子達を起こさぬように、背後の襖を静かに締めて、羽鳥は男に歩み寄った。

「……また、『食事』、ですか」


「うん、まあね。

 食べないと死んじゃうのは俺たちも一緒だろ?」

「……ですが、」


暗闇の中で羽鳥の表情が曇ったのに気付いたか、男は、心配ないよ、と言って乾いた唇を歪めた。

「俺も一応大の大人だしね。
 限界は見極めてるつもりだから。



 それに今、死ねないでしょ。」



じゃあ、冷えるから、もうお休み。

目を見開いて言葉を詰めた羽鳥に男は背を向け、再び自室へとぎこちなく歩みを進めた。

振り向きざまにまるで子供にするように ぽすん、と頭に置かれた大きな手のひら。
腹の奥へすとんと落ちた言葉。
今、彼と“あの子”を、そして彼等を愛する人達を包む果てしない暗闇。


(その重さと痛みをぜんぶ、吐き出せてしまえたら――、)


羽鳥は襖の向こうに消えた足音へ、もう一度深い溜め息を落とした。








あきゅろす。
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