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「あ…、細波さん!」
診察室から出て来た見覚えのある顔が、
にやり、意味深に綻んだ。
「おお、弟君か、久し振り。
…にしてもまあ、可愛い格好、してんじゃない。」
それって頭領の趣味なのか?
そう言って指差されたそれ、つまり今自分が纏っている衣服をはたと見――、
凡そ一般男子中学生が(たとい其れが趣味の範囲だったとしても)着用する機会もないであろう筈の、ピンクのミニスカ、…言うところのナース服、が目に入って、
良守は両手を忙しなく振りぎゃあと叫んでうろたえた。
「ここここれは!!!ちが!!
お、俺はそんなんじゃ!!!!」
「いやーまあ似合ってんじゃない?」
「あ、ありが……
……じゃなくて!!
違いますから!!
あの、これ俺じゃないですから!!!」
わたわたと身を振り必死に、(まるで的を得てはいないのだが)弁解する良守の姿に、細波、と呼ばれた男は苦笑する。
「ああ……はいはい分かった分かった、
えーと…良守君、だよな」
にこり。
怪しげに覗いた微笑みに、良守は捩っていた身体をぴたりと固めて、訝しむように眉を顰めた。
「今日はさー、色々大変だろうけど…
精々頑張れよ、弟くん。」
「……え?」
ヒラヒラと手を振りながら笑顔で、兄の興した組織のNO.3は、
(位置的にも信頼のある人間なんだろうけれど、)
固まる良守に一抹の不安の種を植え付け、去って行ったのだった。
とろけたあのこ
「ああ、良守君。
今日はもうお終いだから、『診療時間外』の札、出してきてくれる?」
「あ、はい!」
「悪いけど先に上がらせてもらうわね。
これから夜行の方で仕事が入ってるから本拠地に戻らなきゃいけなくて。
明日は休診日だし、良守君もゆっくりするといいわ。」
「分かりました、お疲れ様です。」
「……それと、」
白衣にカーディガンという、(院長の趣味である可能性も大いにあるが)「いかにも」な出で立ちの女性は、すこし躊躇い口を開いて、哀れむような視線を良守に投げ掛けた。
「……羽鳥、さん?」
「おかしいと思うのよ。重なり過ぎてるから。」
「え、何が?」
「良守君、
……院長が呼んでたわ。
後で来るように、って。」
「兄貴が?」
「………いい?良守君。
何かあったら直ぐに連絡して頂戴。
其れから、絶対に、気を抜かないで。」
羽鳥はその綺麗な長髪を整えつつ真直ぐに良守を見据え、まるで戦地に赴く人間を激励でもするように、一言一言しっかりと釘を差した。
「は、はい…。」
(何か、あったのかな…?)
最後まで心配しいしい、仕事場を後にした羽鳥を見送って、良守は夕暮れの町に佇む小さな診療所の扉に鍵を掛けた。
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